第1章 韓米行政協定とは何か?

正式名称

大韓民国とアメリカ合衆国間の相互防衛条約第4条による施設と区域及び大韓民国での合衆国軍隊の地位に関する協定

Agreement under Article 4 of the Mutual Defense Treaty between the Republic of Korea and the United States of America, Regarding Facilities and Areas and the Status of United States Armed Forces in the Republic of Korea

韓米行政協定は

 駐韓米軍の法的な地位を規定した協定。

 一般的に国際法上、外国軍隊は駐屯する国の法律秩序に従わねばならない。ただし、外国軍隊は駐屯する国で遂行する特殊な任務の効率的遂行のため、双方の法律の範囲内で一定の便宜と配慮を提供されるが、これは当該国家と米軍間の行政協定(SOFA)の締結で保障される。これによって結ばれた駐韓米軍の地位に関する協定が、すなわち韓米行政協定だ。ところで、韓米行政協定は、米軍に対する便宜提供次元を超えて韓国の主権を喪失する程、他の国の協定に比べて甚だしく不平等だ。

構造

 韓米行政協定は、本文と後続文書である合意議事録、了解事項など三つの文書で構成されており、三つの文書は31箇条と各条の下に数十の条項で構成される膨大な構造を有している。

韓米行政協定と韓米駐屯軍地位協定

 一般的に、国家間に結ばれた条約は正式条約と略式条約に分けられる。正式条約は伝統的なすべての手続きを経る条約、すなわち、行政府が調印して国会が批准するものであり、略式条約は行政府間の署名だけで発効する簡単な形式の条約だ。

 行政協定は略式条約で、行政協定は米国の大統領が上院の同意なしに締結できる条約だ。したがって、「韓米行政協定」は米国側の立場で見れば妥当な用語であるが、韓国の立場では国会の批准手続きを経た正式条約であるため、「韓米行政協定」ではなく、「韓米駐屯軍地位協定」と名付けるのが正しい。

 しかし、国民の大多数がこのような内容を知らないため、国民と改正運動を展開していくためには韓米行政協定と呼ぶことも差し支えないといえよう。

韓米行政協定と韓米相互防衛条約

 1953年に締結された韓米相互防衛条約は、米軍が韓国に駐屯する法的な根拠になる条約であり、韓米行政協定は、韓米相互防衛条約を通して駐屯するようになった米軍の法的な地位を規定している。すなわち、韓米相互防衛条約は韓米行政協定の母法だ。

締結及び変遷過程

1.大韓民国大統領と合衆国軍隊司令官間に締結された『過渡期に施行される暫定的軍 事安寧に関する行政協定』(1948,8,24)

 駐韓米軍の地位に関する最初の協定。米軍政時代には韓国の主権がなく、1948年8月15日、南韓に単独政府が樹立されたことで、駐韓米軍の法的な地位問題が提起されて結ばれた協定だ。韓国政府が、米軍の基地及び施設の使用権は勿論、一切の権利を放棄する内容になっている協定は、1949年に米軍の(一時)撤収で終了した。

2.大田協定(1950,7,12)

 1950年6月25日、韓国戦争が勃発するや、再び米軍が進駐するようになり、米国の要求で、戦時という緊迫した状況で米軍に一切の裁判権を付与する大田協定(正式名称:駐韓米国軍隊の刑事裁判権に関する大韓民国と米合衆国間の協定)を、1950年7月12日に締結した。続いて1952年5月24日には、韓国の米軍に対する経済的支援を内容とするマイヤー協定(正式名称:経済調整に関する協定)を締結し、米軍の特権をいっそう強化した。

3.1967年の韓米行政協定(1967年,2,9)

 韓国戦争が終わるや、米軍は1953年10月1日に締結された韓米相互防衛条約を通して継続して駐屯することになった。韓国政府は、韓米相互防衛条約締結協商時から駐韓米軍の地位に関する新しい協定を締結することを要求したが、米国は大田協定、マイヤー協定に保障された特権を維持し続けるするために、これを継続して回避した。

 ところが、1950年代に継続して発生した駐韓米軍の犯行と蛮行によって、韓国民の世論が大きく悪化すると、やっと米国は協商に応じ始め、1966年7月9日、韓米行政協定が締結されて1967年2月9日に発効した。しかし、この協定は協商過程だけでも13年(53年〜66年)かかっただけでなく、米国の協商締結に対する条件として韓国軍のベトナム派兵、韓日協定締結を貫徹させた。

 更に、1967年の韓米行政協定は、その内容において以前の大田協定と変わりのない国際法で最も後進的だと評価される米−エチオピア協定と類似した恥辱的な協定だった。

4.1991年の韓米行政協定(1991,2,1)

 現行の韓米行政協定。1967年の韓米行政協定に対する大々的な誇張宣伝と60・70年代を支配した反共・反北イデオロギーによって、駐韓米軍の数多くの犯罪と脱線行為にも拘わらず、国民の目と耳が遮られてきた。しかし、80年代に入り広範囲に拡散され始めた「反米意識」の成長によって、米軍の各種犯罪行為が大きな社会問題として浮上し、韓米行政協定は再びまな板の上に上がり、88年12月から改正協商が始められて2年余りの91年1月4日の改訂署名の後、2月1日に発効した。この時も米国は駐韓米軍に対する韓国政府の防衛分担金支援を貫徹させた。

 91年の改正は、第22条の刑事管轄権の中で、韓国の刑事裁判権の自動放棄条項の削除、第1次裁判権対象犯罪の拡大などの部分的な進展にもかかわらず、実際には韓国側の権利行使を制限する条項に手を着けないことで、既存の協定とほとんど変わらない不平等構造を温存させた。事実上、「対国民詐欺劇」にすぎなかった。

5.現行の韓米行政協定に対する改正協商

 92年の尹今伊氏殺害事件、95年の忠武路地下鉄乱動事件など、連鎖的な米軍犯罪によって韓米駐屯軍地位協定の全面改正を要求する国民の批判が日毎に強くなると、韓米両国は95年11月末から改正協定を行っている。

 ところが、当初96年1月までに改正協商をまとめあげることにした時限をはるかに過ぎているが、これは米国の高圧的な姿勢と韓国政府の消極的な対応の結果である。しかし、もっと大きな問題は改正の対象と幅だ。まず対象においては、刑事管轄権、米軍基地環境汚染、労務条項など全体31箇条の中で3〜4箇条に留まっており、その3〜4箇条さえも幾つかの条項だけを取り扱っている。96年の上半期内には協商がまとまると見られるが、不平等構造の清算とはあまりにも距離が遠い「部分改正」に留まる展望だ。

 

他国の行政協定との比較

  韓米行政協定 米独協定 米日協定
拘束捜査 不可能 可能 可能
検察の上訴権 制限 規定なし 規定なし
公務判断 米軍将校・高級指揮官   日本法院
専属裁判権放棄 重要な場合で無い限り原則放棄 米軍の要請時 好意的考慮 米軍の要請時 好意的考慮
刑事裁判の協定適用家族範囲 配偶者、子女、父母及びその他の親戚 配偶者と子女に限る その他の親戚除外
米軍官吏の参加なき尋問調書の証拠能力 不認 認定 認定
警察権行使 米軍施設内では、逮捕、押収、捜索などの強制権行使不可能 現行犯である場合、礼状無しで逮捕、拘禁可能犯罪予防のために米軍の同意無く武器押収可能 軍属、米軍家族などの民間人は米軍が逮捕したり米軍施設内にいても日本当局に引き渡し

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