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【読書案内】南北に続いて日本でも
『ファン・ジニ』(上・中・下)
ホン・ソクチュン著 柳京一訳
最近、日本でも、ドラマや映画を通じて、ファン・ジニ(黄真伊)という十六世紀朝鮮時代に実在した妓生(キーセン)の存在が知られるようになってきた。身分差別、女性差別が、当時の世界でも類を見ないほど厳しかった朝鮮。そのなかでも最もさげすまれた妓生の真伊は、しかし、すぐれた詩を残した詩人として、朝鮮半島の人びとのだれもが知る女性だ。
『ファン・ジニ』は、北朝鮮(朝戦民主主義人民共和国)の作家・洪錫中(一九四一年生)が、黄真伊に題材をもとめて執筆し、〇二年にピョンヤンの文学芸術出版社から発刊されて、北側の読書界を席巻した歴史長編小説である。〇四年にはソウルの出版社テフンが発売、南でもベストセラーとなり、韓国の良識を代表する「創作と批評社」が制定した萬海文学賞(第十九回、〇四年)を、北側の作家・作品としてはじめて受賞した。これは、分断文学史を破り、「民族文学」=ハングル文学時代の始まりを告げる快挙だったといえる。さらにいま、日本でもこの作品が読めることになった。文学に特権的な位置を与える必要はさらさらないが、卓越した文学作品は、軍事境界線や国境を越え、遠く離れた人びとの心に同質の感動を残し、精神を躍動させる。この文学の力は認めなければならないだろう。もちろん、北の作品『ファン・ジニ』が、南で出版できたのは、二〇〇〇年の南北首脳会談と六・一五共同宣言の存在なくして、ありえない。「政治と文学」の関係は、決して無垢(く)ではない。
さて前置きが長すぎた。本作は、両班には眼もくれぬ黄真伊と、彼女の下男ノミとの愛の物語を縦糸に、当時の庶民の暮らし、風俗、文化をきめ細かく織り込みながら、両班支配、儒学者、仏教徒らの偽善と嘘(うそ)を痛烈に批判し、罰するいくつものエピソードによって、一度本を手にしたらもう手放せないほどに読む者を熱中させる、ロマン、物語である。
とくに文章の流麗さ、心理描写と自然描写の豊かさ、さらには朝鮮のことわざ、豊富な語彙(い)を重ねに重ねて構成される、思わずうなずいてしまうほどの、説得力のある論理などは、特筆に値する。それは読みようによっては、どこの社会にも共通する、風刺的な笑いを含む、大胆な権力批判の文章である。
それらを、見事な日本語に仕上げた訳者の力量もまた、高く評価されるべきだろう。
「真伊は月の光の中に横たわっていた。ノミのごつい、まめだらけの手が、真伊の柔らかな肌をなでながら、だんだんと下に降りてくる。真伊の全身が火のように熱くなった。思わず口からうめき声が漏れる。ふと、胸が重くなった……」
愛の論理、性愛の描写もふんだんで美しい。日本の読書界にとっても、北朝鮮のこの作品の出版は、ひとつの事件となるだろう。
(朝日新聞出版・各巻1500円+税)
(黄英治)
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