民族時報 第1139号(08.07.01)


【参加記A】わが民族同士を体感/新しい「家族」得て

    わたしが見た初めての北部祖国

 金広華(韓青東京本部常任委員)

 多くの緊張を抱えて参加した六・一五民族統一大会。それはわたしの価値観を、大きく揺さぶるものでした。

 まず、その場の「空気」に圧倒されました。

 南北、海外の四百人を超える代表らが統一を願い、同じ場所にいました。

 生まれた場所は違えど、同じ言葉と同じ思いを胸に金剛山を見上げている。その民族の名山のふもとでは、済州島から観光に訪れた二百人がショッキングピンクのパーカーを着て、豪快な済州なまりで大笑いする。

 この大会をつつむ空気の絶対的な強さや美しさに圧倒され、言葉を失いました。世界中の同胞が統一を願っている。テレビや新聞の向こう側だと思っていた「世界中」という言葉をこれほどまでに、臨場感をもって体感したのは初めてでした。

 また、〈韓青〉であることをこれほど誇りに感じたことはありません。

 滞在した八日間、〈韓統連〉〈韓青〉と名乗るたび、身の丈を超えるほどの歓待を受けました。祖国での韓統連、韓青に対する正当な評価を初めて目の当たりにし、ひどく感動しました。わたしたちの組織のすばらしさを、南北海外の同志たちが逆に教えてくれたのです。

 六月十五日夜に行われたうたげ。同じテーブルについた南側の青年が「これを見てくれと」いいます。彼はカメラマンです。そこには大勢の中高生がキャンドルデモに参加する様子が写っていました。テレビや新聞では報道されない田舎町でも、二万人以上の人びとが集まっているそうです。「今夜も南側では、至るところでキャンドルデモをしているんだ」と彼は語りました。

 郭東儀共同委員長の発言に神経質になっていた一部の「政治家たち」と、わたしに熱く訴えるカメラマンの青年の温度差を間近に見ました。こうして、六・一五民族統一大会に参加したわたしたちと、南側の闘いは無関係ではなく、自主を守るために民族全体が立ち上がる瞬間を感じたのです。

 深夜から行われた青年の集い。大いに語り、大いに飲み明かしました。当然、歌も。歌や律動は、地域を越えるすばらしいツールです。楽しく歌っていたはずなのに、「イムジンガン」が流れた瞬間、涙がぽろぽろこぼれました。先輩たちが肩を抱き、背中をたたいて、頭をなでてくれればくれるほど、涙が止まりませんでした。

 本当に優しくしてくれた北の人たち。キャンドルを持って声を上げる南側のおかっぱ頭の少女たち。北部祖国に行くことに猛反対した家族。エールとともに送り出してくれた先輩、仲間たち。ウリマルができないわたしを気遣って「パッチギ」の話題を出し、「イムジンガン」を歌ってくれた南の青年たち。そのどれもこれもが、たまらなく胸に迫り、気づけば子どものように泣きじゃくっていました。

 韓青に出会うまでのわたしは、「北朝鮮」と呼んでいたあの国。韓青に出会ってからのわたしは、少し遠慮がちに「北」と呼んでいたあの国。さまざまな勉強を重ねても、近く感じられなかったあの国。

 今回の訪問で、「あの国」はわたしの「北部祖国」になりました。笑顔で手を振ってくれた北部祖国の子どもたちは、わたしの紛れもない家族です。

 幼い家族たちにいつでも会えるように、一日でも早く統一を実現しなければならないと胸に刻んだ八日間でした。 


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