民族時報 第1139号(08.07.01)


【寄稿】国家保安法撤廃の実践急務/南北関係停滞打開の契機に

    6・15民族統一大会の成果と今後の課題

 孫亨根(韓統連中央本部副議長)

 ■成果と課題

 六・一五共同宣言発表八周年記念民族統一大会(六・一五民族統一大会)が六月十五日と十六日にわたって祖国の名勝、金剛山で開催された。わたしは二十九人の日本地域委員会代表のメンバーとして、五人の韓統連、韓青の代表メンバーを率いて六・一五民族大会に参加した。

 いまだに六・一五共同宣言と、十・四宣言に対する支持と履行を表明していない李明博政権が出帆して、初めて開かれる六・一五共同宣言を記念する大会だったために、内外の注目をよりいっそう集めた。南北関係が緊張状態にあることを考慮して、今年の六・一五民族統一大会は、祝祭的なものを排除して、開幕式、本大会、委員長団会議、閉幕式など基本行事を中心に、「わが民族同士」の精神を体現した、厳粛な雰囲気のなかで進行した。

 それぞれの式や大会、会議で行われた南北、海外の委員長と代表らの発言で、異口同音に強調されたのは、@六・一五共同宣言を無視する李明博政権によって、閉そく状態におちいった南北関係に対する憂慮A外勢の干渉を排撃して、民族の自主権を固守することの重要性B民間団体である六・一五共同宣言実践民族共同委員会(六・一五民族共同委員会)が団結して力強い運動を展開することで、停滞し緊張している南北関係を打開しなければならない――ということであった。これは本大会で採択された共同決議文に、網羅的で包括的に集約されている。今回の六・一五民族統一大会を成功させたことで、南北、海外同胞が現情勢に対する一致した認識のもと、局面を打開するための団結した運動を展開する契機をつくりだしたといえる。

 今後の課題として提起されるのは、これまで六・一五民族共同委員会の活動が議論に終始しがちで、行事に偏重していることから抜けでられていないことだ。六・一五民族共同委員会は、さまざまな課題について一致した結論を出すことに、あまりに時間を費やしてきた。これは組織内の民主主義を保障するという意味において、尊重されなければならない。しかし、だからといって、決定を実践する段階があまりに不十分であることは、けっして許されるものではない。そうした観点から今回、南北海外共同委員長団会議で決定した、六月十五日を民族共同の記念日に制定すること、国家保安法の撤廃を実現するための運動は、威力ある実践によって早急に実現されなければならないだろう。

 大会期間中も南側全域で連日、キャンドルデモが展開されていた。大河のようなキャンドルの流れこそはまさに民心であり、民心は民族の尊厳を取り戻すことを志向している。

 わたしは今年の六・一五民族統一大会が、民心に学び、それに熱く接近しようとするものであったかどうか、深く自問しなければならないとも思う。

 ■北部祖国のすがた

 わたしは、今回の大会参加のためピョンヤンと金剛山に数日間、滞在して感じることがあった。ピョンヤン郊外や、そこから元山を経て金剛山に至るまでの車窓からは、住民総出で田植え、雑草刈りにはげんでいる老若男女の姿が見えた。そのなかには、若い男女の軍人の姿がひときわ目立った。軍服をきた彼・女らは一生懸命に田植え作業を手伝ったり、道路の補修工事をしたりしていた。軍人が国の防衛はもちろんのこと、国内建設の先頭にも立つというのは、他の国では見られない北部祖国特有の路線だと思う。北部祖国の軍人の姿を見ながら、わたしは北側の「先軍政治」について少し考えてみた。

 侵略戦争が悲惨な敗北に終わったことで、日本人のなかに自国の軍隊に対する警戒感と嫌悪感がいまだに強いのは理解できる。その影響もあって在日同胞にも軍隊に対して否定的な考えが強いのかも知れない。しかし、日本とわが国とではそれぞれ歴史や立場が大きく違う。わが国は李朝時代に軍事力がぜい弱だったために、日本帝国主義の軍隊に占領された。しかも、南北分断後には、南側に米軍が駐留しつづけ、主権が脅かされている。こういう事情のもとで北部祖国は、非常な困難をともなう国防と建設を同時に強化するため、軍を前面に押し立てている。これについてわたしたちは、もう少し踏み込んで評価する時期に来ているように思う。

 六・一五民族統一大会を終えて、帰日したわたしを待ち構えていたのは、米国が北部祖国に対する「テロ支援国家」指定を解除するとのビッグニュースだった。北部祖国の「先軍政治」の展開が、米国の北側に対する侵略戦争策動をいったん挫折させたといえば、いい過ぎだろうか。


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