【解説】非核化第2段階の仕上げへ/鍵は「同時行動原則」の実践
朝米合意の現段階と今後の展望
日本のメディアは「北朝鮮の核問題」と報道しているが、それは正確ではない。まず、この誤解を解消しないと、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)と米国の交渉が、何をめぐって行われており、どの段階にあり、今後どうなるかを展望できない。
六者協議の目的と経過
現在の朝米交渉の基礎は、二〇〇五年九月十九日の「第四回六者協議共同声明」(九・一九共同声明)だ。同共同声明は第一項目で「六者協議の目標は、平和的な方法による、朝鮮半島の検証可能な非核化である」と明らかにした。つまり、「北朝鮮の核問題」ではなく、「朝鮮半島の非核化」のための協議であり、北朝鮮の検証可能な非核化の段階から、ひいては朝鮮半島の非核化―韓国軍および駐韓米軍の「検証可能な非核化」が後をつぐことになる。そして第二項では朝米、朝日の関係正常化が明記されている。また第五項目で「約束対約束、行動対行動」の原則を確認した。
米国は九・一九共同声明発表直後に対北金融制裁を発動し、これを白紙化しようとした。北朝鮮は対抗して核実験を強行。一触即発の緊張局面をへて二〇〇七年二月十三日、第五回六者協議第三セッションの「(九・一九)共同声明の実施のための初期段階措置」に合意した。北朝鮮は寧辺の核施設を放棄、他の五か国は重油五万トン支援する。共同声明履行のために作業部会の設置することに合意、実行された。
そして同年十月三日、第六回六者協議第二セッションで「(九・一九)共同声明の実施のための第二段階の措置」(十・三合意)に合意。同年末までに、北朝鮮が「既存の核施設の無能力化」「すべての核計画の完全かつ正確な申告」、米国が北朝鮮に対する「テロ支援国家指定を解除」「対敵通商法の適用を終了」するとした。また五か国が北朝鮮に対して「百万トンの重油に相当する規模」の経済、エネルギー、人道支援を提供することに合意した。
以上から明らかなように、朝米間の交渉は九・一九共同声明の履行の初期段階を経過し、第二段階=北朝鮮の既存の核施設の無能力化と核計画の申告、米国による北朝鮮に対するテロ支援国家指定解除の完了をめぐって行われている。同時に、日本が拉致問題を理由に供給を拒んでいる百万トン相当の支援の完了問題もある。
現段階と今後の展望
北朝鮮の核施設の無能力化は、順調に進んでいる。核計画の申告も昨年中に行われた。ところが米国は、高濃縮ウランによる核開発とシリアへの核協力疑惑を持ち出し、難関をつくりだした。北朝鮮はその存在を否定。第二段階の完了が約四か月も遅延することになった(その間の経過については、本紙第一一三四号論説を参照)。
最近の報道によると四月八日の朝米シンガポール協議で、北朝鮮が高濃縮ウランによる核開発とシリアとの核協力問題ついて、「米国の指摘を認識し真剣に受け止める」との表現を、付属文書に盛り込むことで暫定合意したという。これは六者協議議長国の中国が二月に仲介提示した「両論併記方式」を土台としている。
この合意を受けて米国務省のソン・キム朝鮮部長ら米専門家チームは四月二十二日から二十四日までピョンヤンを訪問し、核申告問題を協議した。北朝鮮側からは金桂寛外務次官や原子力総局当局者らが出席した。これに関連して北朝鮮外務省報道官は二十四日、朝鮮中央通信に「協議は真摯(し)で建設的に進められ、前進があった」と明らかにした。
一方、ブッシュ政権は二十四日、北朝鮮のシリアへの核協力について議会上下両院に非公開で説明したあと、昨年九月にイスラエルが空爆、破壊したシリア東部の施設は、北朝鮮が支援した建設中の秘密原子炉で、平和目的ではなかった、との声明を出した。声明はまた、「われわれはこの問題を解決する道として六者協議を選んだ。この過程を通じて、他の諸国とともに、朝鮮半島の非核化を検証可能な形で実現するよう協力している」として、六者協議で問題解決する立場を明らかにした。
この時期の議会説明について、二通りの見方が提起されている。ひとつは、同日付の米紙ニューヨーク・タイムズが指摘するように、北朝鮮への「大幅な譲歩」を批判するチェイニー副大統領ら保守派が、テロ支援国家指定解除を妨害しようとするためのものとの見方。もうひとつは、保守派へのガス抜きとして行われ、シリアの施設がすでに破壊されているので、問題解決のためには六者協議のプロセスしかないと説得するためのものとの見方だ。両論に共通するのは、米国内のネオコン強硬派の巻き返しだ。
先の韓米首脳会談後の記者会見でブッシュ大統領は、「北朝鮮の行動について判断したうえで、われわれの義務を順守する」と述べた。同氏は首脳会談で、北朝鮮が核放棄の履行に入れば並行して朝米関係改善に積極的に乗り出す考えを示したという。
朝米関係と六者協議は現在、後世の歴史家が、「あのときが分水嶺だった」と記すような重大局面にさしかかっている、といえるだろう。
(高雄埴記者)