民族時報 第1130号(08.02.15)


【資料】保安法廃止を全力で/多数の関心と参加を

    無罪判決を勝ち取った李時雨氏インタビュー

 国家保安法(保安法)違反容疑の裁判で一月三十一日、完全無罪判決をかちとった平和活動家で写真作家の李時雨氏のインタビューを、韓国のインターネット新聞オーマイニュースが二月一日付で掲載した。要約して紹介する。

 「無罪は希望にすぎなかった。無罪判決がでるとは思わなかった」 

 一日に会った李時雨氏(四十歳)の表情はとても明るかった。彼は会う人ごとに笑いながら「ありがとう」とあいさつした。保安法違反容疑で起訴された彼がかちとった無罪判決は、多くの人々の支援があって実現できたからだ。

 李氏は「保安法は非常に恐ろしい法律であることを確認した」と述べ、「韓国社会が持った(保安法という)巨大な惰性の構造と体系を深く考えなければならないと思った」と明らかにした。

 無罪判決の喜びよりも、苦悩がさらに大きかったせいなのか、彼は無罪判決を歓迎する集まりを開かなかった。そのかわりに明洞聖堂へ向かい、聖堂の前で国家人権委員会の大統領直属機関化に反対する座り込みに参加して、人権団体の会員らと極寒の夜をともに過ごした。

 李氏の苦悩は、「無罪判決を受けたが『今後はこういう写真は撮ってはならず、こんな文章は書いてはならない』という考えが心に芽生えるのが一番こわい」というものだ。

 「自分で自分を検閲するようになる。心がとても痛い。創作する人間にとって、自己検閲は死と同じだ。目に見える保安法被害はよくわかるが、自己検閲の問題は、自ら解決するほかはない。韓国社会は、芸術家の創作活動に何と無知なことか」

 李氏は検察と警察にも批判の矢を放った。警察が昨年一月に押収した李氏の写真フィルム原版約二千点が大きく損傷したからだ。李氏が安全に保管して欲しいと何度も要請したが無駄だった。いま彼は、国家を相手に損害賠償請求訴訟を起こした。

 李氏は「これは文化・芸術に対する国家の野蛮な実態を赤裸々に表わしたものだ」と指摘した。「警察と検察の芸術創作に対する態度は、ルネサンスの時代に絵を燃やしたことと変わりがない」と糾弾した。

 彼は「保安法の問題は、自分が生きるために相手を殺す心理の問題でもある」と明らかにした。「保安法のねつ造事件で、被害者のなかで互いに罪をなすりつけあう場面があった」と述べ、「保安法廃止をだけでなく、『おん念の構造』が解消されなければならないようだ」とつけ加えた。

 李氏は『偉大な首領金日成同志の青年運動領導史』など、十数冊の本をとり出した。北朝鮮で発行された本だ。 このような「利敵表現物」は、検察が彼を起訴する証拠としたものだった。李氏は、「これらの本は、国家情報院から借り出したもの」だと、むなしくほほえんだ。

 李氏はソウルの瑞草洞にある大検察庁前で開かれた、「金ヒョングン氏拘束糾弾記者会見」に参加して、「国家保安法を廃止しろ」と力いっぱい叫んだ。 そして鉄原へと引き返した。昨年十二月三日から行っている保安法廃止のための「三歩一拝」(物事を成就するために、願いを込めて三歩と一拝づつの行進を繰り返す)を継続するためだ。李氏は言った。

 「保安法の廃止問題を活性化しようとするなら、多くの人が興味を持って楽しく参加しなければならない。三歩一拝をしながら地面をたたくと、インスピレーションが少しずつわいてくる。そんな知恵がえられるよう願う」

 保安法をめぐる状況は楽観できない。多くの人々は「今後さらに困難になるだろう」と口をそろえている。李明博時代に保安法が猛威をふるうことになるのではないかとの予想からだ。すでに一月には保安法違反容疑で二人が拘束された。一月二日にはリュ・ソンミン韓国大学総学生会連合議長が釜山の東亜大正門の前で警察によって強制連行された。 また二十九日には「統一教師の集い」を組織した全羅北道群山市の高校教師で、全教組所属の金ヒョングン氏が拘束された。

 関係者らは、「いつも保安法裁判で勝利してはいないが、李氏事件で勝ったように、負けることに慣れるのはやめよう」と明らかにした。李氏も「わたしの判決が他の事件にも良い影響を及ぼすだろう」と明らかにした。


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