【追悼文】救援運動のリーダーで統一運動の導師
李佐永さんを追悼する
吉松繁(王子北教会)
わたしにとっての李佐永会長は、在日韓国人政治犯救援運動のリーダーであり、南北統一運動についての身近な導師でもあります。
毎年正月二日、会長のご自宅を訪問。南北情勢と韓国内政情も詳細にお聞きしました。
この慣例は、二十年間は続きました。この日だけは、欠かさず和服の一張羅で訪問しました。威儀を正すためです。
さて、李会長との出会いは、一九七四年。「うつ陵島拠点スパイ団事件」の救援運動(第一次)への協力依頼があっての初面談でした。
いまとなっては、だれの紹介であったのか、記憶にありません。面談の場所は、四谷にあった李会長の事務所でした。
そこで初対面した李会長。わたしが出会った人物のなかで、会長ともっとも似通っていた方として、参議院議員の故宇都宮徳馬先生をあげることができます。お二人の最大の共通点は、その眼光の鋭さにあります。すなわち、相対する者の存在のすべてを瞬時にして見抜いてしまうような威厳を感じました。失礼でしたが、李会長のこの人間的な魅力から救援運動を引き受けたと言っていいでしょう。
さて、事務所で出会ったもう一人のメンバーは、「社長」のKさんでした。この方は一見して温和な方でした。李会長は「Kさんと相談して、自由に活動してください」と言われました。度量の広さが救援運動へと駆り立てました。この直後、Kさんと一緒に「事件」の該当者、東大農学部出身の李聖煕氏と崔奎植氏の情報を求めて東大を訪ねました。会長に報告しますと、二人に学費支援をしたことがあるとの返答でした。
李会長が中心になって他のご家族と大々的な救援運動に打って出られたのは、在日韓国人政治犯レポート映画「告発」(岡本愛彦監督)の全国上映運動でした。会長はこの全国行脚で、なによりも政治犯家族の一体化により、闘争のために文字通り寝食を忘れて活動しました。二年半にわたり、全国二百か所で上映し、五万五千人を動員しました。
この運動から、「在日韓国人政治犯を支援する会全国会議」が誕生しました。わたしは結成当初より参加しました。
李会長の信念は、獄中政治犯とそれを支える家族ともども、非転向の闘いを貫くこと。そのことによって、韓国の民主化と祖国統一に貢献することを訴え続けました。
しかも、李会長はだれよりも自らの生きざまとして、韓国の民主化と統一運動に殉じていきました。
よく会長はわたしに、「集会で演説するのは一人か二人で十分。あとは黙々と裏から支える者が重要です」と強調しました。おそらくご自分のことを指し、わたしにも教訓を示されていたと思われました。
実際、活動家のなかには、口舌の徒が結構いるものです。
次に、李会長が力を入れたのは、国連派遣活動でした。第一回は、一九七九年十二月―八〇年一月末日に至る活動でした。
メンバーは、家族代表団七人、救援会から小生一人の計八人でした。
この運動で、会長は多くの経済的負担を担われました。日本側は約六百万円のカンパが集まりました。以後、数次にわたるジュネーブ国連人権委員会、ローマ法王庁、ロンドンのアムネスティ・インターナショナル本部などを巡回しました。家族は、大きな希望を胸に帰日することができました。
金大中大統領就任式で、わたしは二十四年ぶりに渡韓。李会長の指示で、郷里から来られた甥(おい)のご夫人とソウルで面談しました。
李会長は、郷里の親族の方々をも長い間、支援されてこられたのです。いまとなっては、かないませんが、わたしも一切の世事から放たれ、自由な交流ができたら、わたしたちの物語はよりよく発展したでしょう。
いまでは、李佐永さんは民主化・統一運動家のなかに、祖国のいたるところに生きています。