民族時報 第1130号(08.02.15)


【寄稿】福田首相の決断のときせまる/拉致問題「政治決着」しかない

    日朝国交正常化を原点から見直そう

 

 吉田 康彦(大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター客員教授)

 日韓・日中正常化がもたらしたもの

 本紙の読者にとってもわたしにとっても、日朝国交正常化の意義は、日本が「過去の清算」を果たして北東アジアの平和と繁栄に資することにあるのは言うまでもないが、国と国とが国交樹立あるいは復交する場合の目的は、@安全保障上の利点A経済権益の追求B国民の道義的・精神的負債の払拭(加害者・被害者関係の終えん)の達成の三点に集約される。

 一九六五年の日韓国交正常化は、李承晩ライン「侵犯」による日本漁船だ捕の終息という点で@が、有償・無償五億ドルの経済協力供与が韓国の開発独裁に手を貸し、日本にも利益をもたらした点でAが、それぞれ満たされた。Bは中途半端のままで、とくに韓国に「恨」を残したが、一九九八年の小渕首相が植民地支配を改めて謝罪、金大中大統領がこれを受け入れて未来志向を打ち出し、韓流ブームが到来した。

 一九七二年の日中国交正常化は、ニクソンの電撃的訪中にあわてふためいた田中首相の対米追随で、@もAも議論されなかったが、総額三兆円にのぼるその後の対中ODA(政府開発援助)の相当部分が日本に還流し、日本の投資を加速させた。Bはやはり「歴史認識」の欠如という点で中国側に不満が残り、日本側には中国脅威論が台頭、対立の根は深い。

 日本に比べると、ドイツは@ABをきちんと見すえてバランスをとり、そのいずれをも巧みに実現し、近隣諸国との友好関係を築いている。その延長上に今日のEU(欧州連合)がある。

 拉致に特化してしまった日朝正常化の課題 

 しからば日朝国交正常化の場合はどうか。

 @の安全保障は北朝鮮の核・ミサイルの脅威を除去することが該当する。核は米朝対話を軸に解決に向かっており、六者協議の枠組みで周辺諸国が核廃棄にともなう応分の支援を約束しているが、日本は拉致解決を「入り口」に掲げて支援を拒否している。しかも北朝鮮の核・ミサイル実験は、日本核武装論とミサイル装備強化論を誘発して、かえって右派勢力を元気づけている。多国間安保を推進しようとする六者協議の目的に反することおびただしい。

 北朝鮮はレアメタル(希少金属)の宝庫、インフラ整備という面でも投資の効果は絶大であり、Aの経済権益という点でも魅力は計り知れないが、これも拉致問題が重くのしかかり、議論することさえタブー視されている。朝鮮総連が大手ゼネコン各社からなる訪朝団を組織、現地調査を試みようとしたところ、右翼の街宣車が本社に押しかけ、途中解散したこともある。

 しかも安倍内閣を継いだ福田内閣が、その後も拉致解決を「入り口」においているため、Bは逆転し、北朝鮮が日本に「罪状の清算」をすることを求める形になっている。ここからは日本側から日朝国交正常化を求める動機は出てこない。

 国交樹立に不可欠なことは、勝者と敗者が画然と線引きされる冷戦時代の「ゼロ=サム・ゲーム」ではなく、双方が譲歩し、中長期的に得をしたと思う「ウィン=ウィン方式」でなければ永続した関係は期待できない。拉致問題では「政治決着」しかありえない。

 いま必要なことは、日朝国交正常化を上記の@ABの視点から見つめ直し、双方が得をする関係を模索することだ。日朝双方にとどまらず、貿易と投資を通して南北の平和統一に協力することは、朝鮮半島と日本列島の善隣友好関係が実現し、北東アジアの平和と繁栄、ひいては東アジア共同体構築に貢献することにほかならない。

 福田首相の決断のとき

 昨年九月に辞任した安倍首相は、岡崎久彦、中西輝政、西岡力、八木秀次ら右派の論客が加わる「日本会議」と称する国粋主義組織の全面的支援を受け、その際、靖国参拝、憲法改正、集団自衛権行使容認、皇室典範堅持(女性・女系天皇不承認)など七項目の政策項目を約束、そのなかに金正日政権下では日朝国交正常化をしないことという項目も入っていたという。拉致はその政治目的に利用したのだ。

 その安倍首相が退陣してから半年、「拉致問題解決はわたしの手で」と決意を述べて政権の座についた福田首相が、「安倍の亡霊」をいつまでも引きずっていては、六者協議の進展までをも阻害することになりかねない。

 現時点で、「すべての核計画の申告」をめぐって米朝の駆け引きがつづき、朝鮮半島非核化の動きは停滞しているが、「申告」と並んでブッシュ政権による「テロ支援国家」指定解除の見返りとして不可欠とされた「既存の核施設の無能力化」作業は順調に進み、三月中に完結と伝えられている。もうあと戻りはありえない。

 北朝鮮に対する不信感でこり固まったチェイニー副大統領を筆頭とするブッシュ政権内部のネオコン勢力が、「テロ支援国家」指定解除に反対して論客を総動員しているというのが現状だが、ライス国務長官、ヒル次官補の背後には、ベーカー元国務長官、スコウクロフト元大統領補佐官らパパ・ブッシュ(現大統領の父親)のブレーンが控え、朝鮮半島非核化実現を「ブッシュ父子王朝」の花道にする方針に変わりないと、ワシントンの消息通は語っている。福田首相が動かないと時期を失することになりかねない。決断のときだ。


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