【主張】李時雨氏の無罪判決を歓迎する
昨年、国家保安法(保安法)と軍事機密保護法の違反容疑で拘束起訴された、平和運動家であり写真作家の李時雨氏が、第一審で完全無罪判決をかち取った。われわれはこの無罪判決を熱烈に歓迎する。
ソウル地方裁判所は、李時雨氏が作成した軍事問題に関する写真、メモ、模写図などは国家機密と認定できないとし、同氏が公開した情報も平和運動が目的であり、保安法の違反行為にはあたらないと判決した。また、李氏が韓統連など在日民族団体メンバーらと面談、通信したことも保安法には抵触しないとした。保安法違反で起訴され、懲役十年という重刑を求刑された被告人が、裁判で完全無罪をかち取った例は過去にはなく、まさに歴史的な判決である。
この裁判の最大争点は、李氏の軍事問題に関する活動と、インターネットなどで公開した情報が保安法に違反するか、という点であった。朝鮮半島が停戦というきわめて不安定な状況にあり、さらに北朝鮮に対する先制攻撃を公言する米軍が駐留する韓国では、軍事問題は国民にとって死活問題である。したがって、民間の立場で米軍基地の実態を精力的に調査、研究していた李氏の活動は、朝鮮半島の平和を実現するうえで、たいへん貴重なものだ。
いまだに冷戦思考から抜けきれない治安当局は、李氏の活動を押さえ込むため伝家の宝刀の保安法を抜き、あげくのはてには、なんら根拠のない、韓統連の「反国家団体」規定まで持ち出したのである。韓統連の孫亨根副議長は昨年十二月の公判に証人として出廷し、韓統連が「反国家団体」ではないことを明らかにした。
保安法は、行為の具体的事実を軽視するため、治安当局が統一運動、平和運動、社会運動を弾圧するとき、「万能法」の役割を果たす。それだけではなく保安法の存在が、韓国の政治運動や研究活動、文学・芸術活動に、意識的あるいは慣性的な自己検閲をはびこらせてきた。保安法は国民の表現の自由、知る権利、ひいては創造力まで奪ってきたのである。
今回の完全無罪判決は、李氏と支援団体のこん身の闘いなくしてありえなかった。彼らは裁判闘争を通じ保安法の反民主的、反民族的な性格を徹底的に明らかにした。この闘いは南北の和解、協力、統一を進める六・一五時代に、保安法が存在する矛盾を鮮明に浮かび上がらせ、保安法撤廃の流れをいっそう強くした。
李時雨氏は無罪判決を歓迎しながら、同時に保安法の廃止を強く訴えている。昨年四月の拘束後、五十日間のハンストで黙秘をつらぬいた李氏は、八月の保釈後から判決まで、保安法廃止のために全国で「三歩一拝」(物事を成就するために、願いを込めて三歩と一拝づつの行進を繰り返す)を行った。われわれは、李氏の闘いに敬意を表し、今後も保安法の撤廃をめざして熱く連帯することを誓う。
李明博大統領の就任を前に、〇五年に愛国烈士追慕式に参列したとして一年間にわたって調査を受けてきた中学教師(当時)金ヒョングン氏が電撃拘束された。政権交替とともに、治安当局が再び保安法の刃を振り回すのではないかと懸念されている。
だが、それにもかかわらず、今回の李時雨氏の無罪判決を跳躍台にして、保安法撤廃の声はいっそう高まるだろうし、六・一五時代にその流れを押しとめることはできないだろう。