【記事6】人権、統一運動の元老/良心囚救援に功績
李佐永先生が逝去
「在日韓国人政治犯を救援する家族・僑胞の会」(家族・僑胞の会)の会長として良心囚救援、人権運動に尽力した李佐永先生が一月八日、多臓器不全のため逝去した。享年八十一歳。葬儀は十四日、近親者で営まれた。
李先生は一九二八年九月、韓国全羅北道裡里で六人兄弟の次男として出生、日帝支配のもとで貧困生活を余儀なくされた。小学六年の時、日本語強要に反発して授業拒否を組織した。裡里農林学校を卒業後、いったん就職したが、勉学への思いが断ち切れず解放後に単身渡日、明治大学に進学した。卒業後、飲食、貿易などの事業を展開し、新韓繊維工業をソウルに設立、実業家としての実績をあげた。
一九七四年三月、韓国中央情報部がねつ造した「うつ陵島スパイ団事件」の主犯とされ、友人や親族の多くが逮捕されると、自らとでっち上げで逮捕された人びとの無実を訴える記者会見を行って、朴正煕軍事独裁政権(当時)を厳しく批判した。
李先生は、その後も政権延命のために「北のスパイ事件」を乱造する朴政権の弾圧から良心囚を救うため、個別分散的な救援運動の限界を超え、無実を訴える人道・人権運動を推進する「在日韓国人政治犯家族協議会」を結成(七五年五月)して会長に就任。この運動成果を土台に、救援運動を民族の運命と将来に直結する在日韓国人全体の問題として、在日だけでなく国内の良心囚の救援にも取り組む組織として「家族・僑胞の会」の結成(七七年六月)を主導し、常任顧問、会長を歴任した。
「家族・僑胞の会」は、日本人の救援組織「全国会議」と個別救援会など、日本各地の救援運動団体、関係者と全面的に協力して運動を展開し、六人の在日韓国人死刑囚の死刑執行阻止、ほとんどの良心囚の釈放を実現した。この成果は、李先生の情熱的で献身的な尽力によるところが大きいと評価されている。
李先生は「家族・僑胞の会」の会長を勇退後も在日民主人士の元老として、人権・民主化・統一運動に大きな役割を果たした。?