【報告】「反国家団体」判示はねつ造/尹証言覆すアリバイ資料提出
李時雨氏裁判に証人として出廷して
孫亨根(韓統連副議長)
韓統連の前身である韓国民主回復統一促進国民会議(韓民統)に対する一九七八年の大法院(最高裁)の「反国家団体」判示が、朴正煕独裁政権下で行われたまったく根拠のない不当な判示であったことが明白になった。
李時雨裁判の概要
わたしは六日、国家保安法違反容疑で起訴された写真作家である李時雨氏裁判の第十三回公判裁判(ソウル地方裁判所)に、被告側の証人として出廷した。李氏は米軍基地反対や国連軍司令部の解体を主張する優れた平和運動家でもある。彼はNPO法人三千里鐵道(三千里鐵道)の招待を受け、六・一五共同宣言二周年記念行事に参加するため、二〇〇二年六月に愛知県を訪問した。そこで写真展を開催し、記念講演した。李氏は行事を主催した都相太理事長、姜春根副理事長(当時、韓統連東海本部代表)をはじめ、多くの三千里鐵道メンバーと面談した。
李氏の反基地活動や日本での言動が国家保安法に違反するとして、韓国の公安当局は今年五月に李氏を拘束・起訴した。検察当局は起訴理由のひとつとして李氏が韓統連の姜副議長と面会したことが国家保安法第八条の「反国家団体構成員との会合、通信」に当たるとしたのである。治安当局は韓民統に対する三十年前の大法院の不当判示を最大限悪用するとともに、民族和合をめざす三千里鐵道を「容共左傾団体」にでっちあげている。
七月から李時雨氏の第一審公判が開始されると、崔炳模弁護士(前民弁会長)をはじめ十九人で構成する被告人弁護団から、韓統連が「反国家団体」ではないことを、当事者である韓統連自らが法廷で証言するよう要請が寄せられた。韓統連はこの要請を受け入れ中央本部副議長であるわたしを弁護側証人として公判に派遣することにした。
「反国家団体」規定は無効
ところで、なぜ韓統連が「反国家団体」の判示を受けているのか、その経緯を説明したい。韓民統が反独裁闘争と金大中前大統領の救出運動を精力的に展開していた一九七八年、ソウルに留学していた在日韓国人の金整司氏が、国家保安法違反で大法院から有罪判決を受けた(金整司事件)。判決文には韓統連が「反国家団体」であるとの根拠をまったく示さないまま、金整司氏が「反国家団体の韓民統から指示を受けた」という文言が挿入されていた(大法院不当判示)。ただ、のちに金整司事件の公判に尹孝同なる人物が出廷し、自分が元スパイであったことと、一九七〇年四月に郭東儀氏(現在、韓統連常任顧問)を北朝鮮に連れていき、教育を受けさせたと証言(尹孝同証言)していたことがわかった。尹孝同証言はデタラメであり、その虚偽を法廷でも明らかにすべきだったが、朴独裁政権のファッショ政治が吹き荒れる当時の状況で、尹孝同証言に対する審理はまったく行われず、また韓民統側から反証するための訪韓も不可能であった。尹孝同は一九八〇年の金前大統領に対する内乱陰謀事件裁判(軍事法廷)の公判にも出廷し、金整司事件の公判証言と同趣旨の発言を行った。この裁判で金前大統領は韓民統の議長、すなわち「反国家団体の首魁(しゅかい)」だとして死刑判決を受けた。しかし、このときも全斗煥軍事政権のもとで韓統連が尹孝同証言の虚偽に反証する機会は与えられなかった。
死刑判決を受けたものの韓民統はじめ国際的な救出運動の力によって金前大統領は死刑の危機を脱して、その後復権するとともに、一九九八年には第十五代大統領に就任した。しかし、一九八九年に韓民統を改編して結成された韓統連は、二〇〇三年まで依然として「反国家団体」として韓国への自由往来さえ許されない理不尽な日々を送らざるをえなかった。
韓統連の大法院「反国家団体」判示は根拠のないデッチ上げである。それは海外同胞運動の中心である韓統連に対する独裁と分断勢力による不当な政治攻撃であり、韓統連の活動を萎(い)縮させ、韓統連と国内の自主・民主・統一勢力との連けいを遮断しようとするところに、その目的がある。また、軍事独裁政権が金前大統領を抹殺するために利用した。軍事政権が退陣するとともに、南北の和解と協力が進展し、統一へ向かおうとする時代を迎えているいま、韓統連の「反国家団体」規定はまったく無効である。
二〇〇三年九月の海外民主人士故国訪問団の実現以来、祖国への無条件自由往来をはたすことで名誉回復した韓統連は、大法院不当判示の取り消し、無効化のためにさまざまな努力を重ねているが、今回の李時雨裁判への出廷もその一環であった。
公判での証言
今回の公判でわたしは、一時間半にわたって韓統連の正当性を主張するとともに、尹孝同証言の虚偽を実証するため、郭東儀・常任顧問のアリバイ(一九七〇年四月に日本に滞在していたこと)を示す四点の具体的証拠(一面トップ記事参照)を提示した。あわせて三千里鐵道が「容共左傾団体」などではなく、朝鮮半島の平和をめざす民族和合団体であることを具体的な事実で証明した。
つづいてわたしの証言に対する検事側の尋問が行われた。ところが検事側は具体的な証拠に基づいたわたしの証言にまったく反論できなかった。それで仕方なく、使い古した冷戦時代の反共イデオロギー攻撃を加えようとした。この虚構に基づいた検事側の尋問に対して弁護団が強く抗議すると、裁判長の命令で検事側発言は中止されてしまった。結局、検事側はいっさいわたしの証言に反論できなかった。最後に裁判長から発言を求められたわたしは、不当な「反国家団体」判示によって、韓統連がどれほど困難を強いられたのかを訴えるとともに、在日同胞社会の和合のためにも、今回の裁判で韓統連に対する不当な汚名をそそぐことを切に願うと述べて、証言を終えた。
勝利の公判
今回、わたしの裁判出廷を通じて韓統連は初めて、国家の公式(司法)機関において、公開的に自らの潔白を主張した。これには非常に大きな意義がある。具体的な証拠を提出して行った公判でのわたしの証言に対して、検事側が一言半句反論ができなかったことに見られるように、今回の公判に韓統連は完全勝利したといって過言ではない。そのことが李時雨氏に対する強力な援護となったのはもちろん、今後、大法院の不当判示の取り消し、無効にするための運動をさらに強化し発展させていくうえで、大きな担保を築くことができた。
来年早々にも李時雨氏に対する第一審判決が下される。判決で李時雨氏が無罪をかちとるとともに、韓統連が必ず正当な評価をえなければならない。