【資料2】婦人会東京本部母体に結成/在日の闘う女性組織として
在日の統一運動の歴史と民主女性会の役割
金知栄(在日韓国民主女性会会長)
「わが同胞ひとつに海外同胞歴史紀行団」の団長として参加した民主女性会の金知栄会長が十月六日の「在日同胞社会の現況と支援事業を媒介にした統一運動討論会」で発表した報告を要約して掲載する。
在日の統一運動の歴史
在日韓国民主女性会(民主女性会)の結成経緯は、在日同胞社会の統一運動の歴史を抜きに説明できない。また、在日同胞社会の統一運動の歴史を語るとき、在日韓国民主統一連合(韓統連)の運動を語らずに説明できない。
一九七二年の七・四南北共同声明が発表されるや、民団内の民主勢力はこれを熱烈に支持する運動を展開する。彼らは、自主、平和統一、民族大団結という共同声明の三大原則の意義を同胞大衆に広く知らせる運動を展開する一方、分断史上、初めて民団と総連、韓青と朝青が共同大会を開催し、在日同胞に祖国統一がなしとげられるという希望を抱かせ、在日同胞社会に祖国統一の雰囲気をつくり出した。しかし、七二年七月、民団中央執行部は中央委員会を招集し、七・四南北共同声明を支持する民団民主人士の除名処分と、韓青などに対する傘下団体認定取り消し処分などを強行採決し、事実上、彼らを民団から追放する措置を取った。
一方、七二年十月に維新クーデターが起こる。金大中前大統領は、朴正煕が三選を通して永久独裁を画策していると警告し、海外で民主回復と統一のために運動していく決意を内外に明らかにし、日本の民主化運動代表らと手を握り、韓国民主回復統一促進国民会議(韓民統、現在の韓統連)を出帆させることにした。しかし、結成大会を前にKCIA(韓国中央情報部)が金大中氏を拉致する事件が起こる。こうした非常事態のなかで、予定通り八月十五日に結成宣言大会を開き、韓民統の歴史的出帆を宣布することになる。
韓民統は、金大中氏救出運動を通して独裁政権の横暴を全世界に暴露する一方、韓国民衆の正義にみちた民主化・統一運動に対する国際的な連帯の強化など、反独裁民主化闘争を展開する。こうしたなか、韓国大法院(最高裁判所)は、七八年に在日同胞留学生に対するスパイ容疑事件と関連して、なんの具体的根拠もなく、韓民統を「反国家団体」にでっち上げた。韓民統に対する「反国家団体」規定は、国際的な反独裁民主化運動の拡散を恐れ、政敵の金大中氏を政治的に抹殺するための朴正権の政治的謀略に過ぎなかった。しかしそれは、長きにわたって国内外民主勢力の連帯と団結を阻み、海外同胞運動を弾圧する手段として維持されてきた。
民主女性会の結成
民主女性会は、民団の大韓婦人会東京本部を母体にして一九八六年十一月に結成された。
大韓婦人会東京本部は、民団内の民主勢力とともに、七・四共同声明を支持したとの理由で民団の除名処分を受けた。同本部は民団民主勢力とともに韓民統結成に参与し、金大中氏救出運動などの反独裁民主化運動を韓民統とともに展開するようになる。
民主女性会は、韓統連の会員団体との理由で国内への自由往来が遮断されたなかで運動を展開してきた。したがって、民主女性会が自主・民主・統一を達成するため切実に願ってきた国内女性団体との連帯運動は、長く制約を受けざるをえなかった。
民主女性会は二〇〇三年、「海外民主人士の名誉回復と帰国保障のための汎国民推進委員会」の「海外民主人士の九月秋夕故国訪問」行事に韓統連代表団として三十年ぶりに祖国の地を踏むことができた。これまでの民主化・統一運動に対する反省文も提出せず、当局の調査も受けない無条件帰国だった。
二〇〇五年にはソウルのワールドカップ競技場で開かれた「自主平和統一のための八・一五民族大祝典」に海外代表として参加することができた。十五日の明け方に慶煕大の野外劇場で開かれた「第五回女性統一ハンマダン」で、国内の女性活動家の祖国統一に向けた情熱を直接感じながら、大きな勇気をえた。
民主女性会は、女性の主体的な力で祖国の分断と対立、民族差別の克服と統一祖国の実現を目指して結成された。在日の闘う女性組織の誕生といえるだろう。
民主女性会は、@韓国の民主化と祖国の自主的平和統一A女性解放の実現B民族意識の高揚と権益擁護C反戦反核平和運動D国内外女性団体との連帯運動――を目標に掲げている。民主女性会の結成は、八七年の民主抗争、そして民主、民族、民衆とともにする女性運動を志向する韓国の進歩的女性運動と性拷問事件の暴露などを、その情勢的背景としてあげることができる。
民主女性会が韓国の民主化と祖国の自主的平和統一を目標の第一に掲げているのは、異国の地で民族性を固守しながら民族の誇りを持って生きていくことも、反戦平和運動と女性解放の実現も、南北の分断構造がそのまま表出している在日同胞社会では、究極的に解決が困難だという認識からだ。したがって、祖国統一運動、駐韓米軍撤収運動など、反米反戦運動が運動の中心になった。韓国政府の棄民化政策と民族差別のなかで生きている以上、在日同胞にとって統一祖国の実現は、なによりも切実な問題といえるだろう。
客観的に、日本での運動はとても孤独で困難な闘争であったかもしれないが、異国の地で暮らしていたために、独裁政権下で国内の民衆には困難な国際連帯運動や十回にわたる汎民族大会の成就に寄与できただろうし、この運動が六・一五時代を切り開く上で、礎石になることができたと自負している。
終わりに
自主、平和、祖国統一運動は、最終目的を達成しようとする意志と自己犠牲的精神があったからこそ、間断なく継続されてきたといえる。民族性の希薄化が進んでいる日本の地で運動を展開するのはたやすいことではない。しかし、在日同胞女性が民族の矜持を持って生きる道は、分断された祖国がひとつになる祖国統一であると確信している。民主女性会の組織と力は決して大きくはないが、祖国統一を目指す心だけはだれよりも熱く、その心で異国の地で運動を展開してきた。これからも自主的平和統一のその日まで、国内外の同志らとともに進んでいくだろう。