民族時報 第1116号(07.07.01)


【参加記A】統一するは当たり前/ピョンヤンで検証した確信

    統一への「待機時間」、「歌いながら」短縮

 金紗愛(学生協会長)

 大会とは、予定された日に確実に開催されるものをいうのだと思っていた。

 今回のピョンヤンで行われた六・一五民族統一大祝典は、そのようなわたしの貧弱な「常識」を一刀両断した。

 南側「代表」として参加したハンナラ党の議員を、祝典本行事の民族団結大会のひな壇座らせるか、座らせないかが問題となり、六月十五日に開催されるはずだった民族団結大会が開催されなかったからだ。

 予定時刻から遅れること四十七時間。ようやく開かれた民族団結大会。南北、海外が多くの困難を乗り越えて開催される大会への感動よりも、待ち時間からの解放に対する感動の方がその時は大きかったような気がする。

 わたしは今まで、朝鮮半島は統一するのが当たり前だと思い、信じて疑わずに生きてきた。

 わたしが信じ続けてきたものを、疑い続けてきた人が本当に存在するということを初めて身にしみて感じた。

 わたしたちの「待機」時間は、六・一五共同宣言実践の根本問題から生じたものだった。

 分断によって話し合うことすらできなかった半世紀は、問題の解決に数十時間を必要とさせた。それは同時に、海外に住むわたしたちを、自国の問題の解決にあたって、ただ待つしかできない「他人」のような存在に変えてしまう半世紀だったように思えて、少しさみしい気持ちになった。

 大会に参加するたびに、海外はいつも蚊帳の外。そのような気がしてならなかった。

 しかし、わたしたちがただ座っているしかなかった会場には、同じように開会を心待ちにする何千人ものピョンヤン市民がいた。

 大会が開催されるのをただ寝て待つわけにはいかない。突然、ノレチャラン(のど自慢)大会が始まった。せっかくの喜ばしい大会を、いらいらした気持ちで待つのはもったいないからだ。待つのなら楽しく待ちたい。

 「果報は寝て待て」ではなく、「果報は歌って待て」 

 ピョンヤン市民と一緒に大合唱した「ウリヌンハナ」(われらはひとつ)で本当に「ひとつ」になった気がした。

 いつも「蚊帳の外」にいるようで、なんの役割もないように思えた海外同胞の役割は、待ちすぎてギクシャクする南北をつなぐ架け橋、ときに激しく対立する南北の緩和剤になること。歌って踊って楽しむこと。それがわたしにできることじゃないかと思った。

 一緒に大会に参加した代表団の先生が話された。

 「五十年以上も待ってきたんだから、あと数時間くらい待ちましょう」

 必ず統一する。しかし、あと五十年も待つわけにはいかない。あと数時間でいいくらいだ。ならばわたしは、その「数時間」を精一杯楽しみたい。

 仲間たちと一緒に楽しんで進む。それが「待機時間」を短縮する最大の手段だと、わたしは思う。


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