【参加記】万国平和会議を再照明/韓国参加を日本が妨害
李儁烈士殉国100周年学術大会に参加して

金知栄(民族時報論説委員)
今から百年前、オランダのハーグで開かれた第二回万国平和会議に高宗皇帝の特使として派遣され、自刃した李儁烈士の殉国百周年を迎えて、「一九〇七年の万国平和会議特使の救国活動を再照明する学術大会」が六月八日、ソウルの国立故宮博物館で開かれた。
日本政府の歴史わい曲が深刻ななか、数年前に私は日本政府の本質を正確に知らせたいという思いから一編の論文を発表したが、それが歴史学界の注目を浴び、今回の学術委員会の招請で発表者として参加することになった。
学術大会では、当時の高宗皇帝の三人の特使のうちの一人だった「李相獸と高宗の関係」、「李儁の行跡および高宗の特使として抜擢された背景」、高宗皇帝の親書と密旨を伝達する役割を遂行した米国人「ハルバートの特使活動」などに対する論文発表が行われた。私は「ハーグ万国平和会議と日本政府の対策」を主題に発表した。
ハーグ万国平和会議への参加と関連した当時の歴史的背景を簡単に振り返ってみる。映画「帰らざる密使」では三人の特使を描いているが、彼らは平和会議に正式な委員として認定されず、李儁が殉国する不幸な事態が発生する。
一九〇五年十一月十七日、日本政府は王宮を武力で包囲するなか、乙巳保護条約(第二次日韓協約)を強制調印する。この条約で韓国の外交権をはく奪した日本は、一九〇七年のハーグ特使派遣を口実に高宗皇帝を強制的に退位させ、丁未七条約(第三次日韓協約)を調印して内政権を奪取、三年後の韓国併合条約調印で四十年にわたって朝鮮半島を占領することになる。
しかし、当初からこの条約を認めていなかった高宗皇帝は強制退位される時まで、世界の列強を相手に親書の伝達や密使の派遣によって乙巳保護条約の不法、無効を宣言し、主権回復外交をたゆまなく展開する。高宗皇帝の主権回復運動は、列強を対象にした条約無効宣言から、ハーグ万国裁判所への提訴を通した国際法での解決を試みた。しかし、従来の研究は個々の密使や密旨に関する史料の発掘、分析が中心となり、高宗皇帝の主権回復運動全体を貫く計画目標が明確でない点もあった。したがって私の問題意識は、第一回平和会議で採択された「国際紛争平和的処理条約」への韓国の加盟問題という視点から、ハルバートの役割と「密使」の任務を、高宗皇帝の条約無効化運動全体との連関性から考察し、高宗の国権回復運動の一環として把握し、明らかにすることだった。わかりやすく言えば、国権回復主導勢力の中心に皇帝がいて、長期間にわたる国際的努力の延長線上で第二回会議に代表として派遣したということだ。一方、平和会議の特使参加を阻むための日本政府主導による妨害工作が繰り広げられる。
ところで、あまり一般的に知られていないのは、韓国も当初、平和会議の招請国に含まれていたという事実だ。開催国のオランダとロシアの協力で推進された第二回平和会議に韓国は招請国として通知を受けたが、日本政府の妨害で招請対象国から除外される。平和会議の正式委員として認定されなかった韓国は「国際紛争平和的処理条約」の加盟国になれず、したがって国家間の紛争に関する仲裁裁判、すなわち国際法で国権回復を試みた高宗の計画も遮断されたのだ。
しかし万国平和会議は事実上、植民地争奪関係の国際法会議の性格を有していた。日本は韓国の主権回復運動を遮断する一方、韓国侵略を正当化する条約を列強と相次いで締結する。桂・タフト秘密協約では米国のフィリピン支配を承認するかわりに日本の韓国支配の承認を受け、露日協約でロシアは日本の朝鮮支配を承認したのだ。
今回の学術大会と関連して八月十五日から南北共同学術会議が予定されている。学術大会では歴史の再照明を通して歴史の真実を明らかにし、日本の不法、不義の朝鮮半島侵略と歴史わい曲を浮かび上がらせることで、日本政府が朝鮮支配に対する反省と過去清算を行う契機になることを期待する。