【寄稿】地域のシリコンバレー目指し/朝米の変化が朝日にも影響へ
北朝鮮訪問記― 進む開城公団の建設
吉田康彦(大阪経済法科大学客員教授)
四月四日から十一日まで、八人からなる学者・ジャーナリスト・大学生の代表団団を率いて訪朝した。わたしとしては、金日成主席急死直後の一九九四年以来八回目だ。
その間、朝鮮はいくたびか大規模な水害に見舞われ、慢性の食料不足を呈している。わたしが最初に「朝鮮の子どもにタマゴとバナナを送る会」を結成して人道支援に乗り出したのが一九九五年暮、それから十一年半になる。その後は医薬品支援を二回、穀物支援を二回、現金支援を二回行ってきた。食糧不足は一時期ほど深刻ではないが、緊急の課題はインフラ建設だ。
一週間の滞在中、首都ピョンヤンは停電もなく、金日成主席生誕九十五周年の「太陽節」を控えて華やかな雰囲気に包まれていたが、地方のインフラはズタズタで、鉄道線路はさびつき、電線は垂れ下がっている。その意味で、ことし二月の六者協議の「北京合意」は、米朝、日朝国交正常化をうたい、長期にわたる経済・エネルギー支援を約束しており、朝鮮にとって有利な内容を盛り込んでいる。期限は遅れても朝鮮が合意を履行するのは確実だ。
滞在中、接触した朝鮮の党・政府の幹部も、「約束対約束、行動対行動という同時行動の原則を尊重する。問題は米国側の誠意と履行の意思だ」と語っていた。
今回の訪朝の主目的は、前回(二年前)の訪朝時の約束にしたがって、ピョンヤン外国語大学日本語科に日本語図書と教材を寄贈することで、八人で百五十冊以上の古典・現代文学の代表作、日本語研究の文献、外国人留学生のための教科書などをスーツケース一杯に詰めて持参し、感謝された。共同団長として参加した米田伸次氏の努力に負うところが大きい。
同大学日本語科は、日朝国交正常化が近いとの期待が高まった一九九〇年代に志望者が急増し、九九年に、英語、ロシア語、中国語に次いで「学部」に昇格したものの、拉致問題で日朝関係が悪化し、今年度から再び「学科」に格下げになってしまった。「今回、寄贈した教材で日本語を磨いてくれればきっと将来役に立つ。日朝は互いに引っ越していけない隣国同士。長期的に取り組んでいこう」と学生たちを激励してきた。
前回の訪朝では素通りだったが、開城工業団地訪問が今回は実現した。日本人代表団が北から工業団地訪問を許されたのは初めてで、二〇〇三年十二月にオープンして以来、南北協力のシンボルとして着実に進展し、すでに韓国の中小企業三百社が進出、毎日二百人の韓国人技術者と管理職が非武装地帯を越えて、バスの専用道路を利用して通勤してきており、北朝鮮の労働者二千五百人が彼らの指導の下で働いている。
二年前には総面積二千万坪の敷地がほとんど更地だったが、見る見るうちに次々と工場が建ち、すでに五万坪の土地に工場が建っている。これが年内には十万坪に広がり、進出企業も七百社に達する見込みだという。いまのこころ「現代グループ」傘下の中小企業が中心で、服飾、日用品、製薬、簡単な精密機械に限られるが、職種も次第に広がっている。
わたしたちはロマンソンという韓国の時計メーカーの腕時計組立工場を見学した。言葉が同じで、北の労働者は勤勉で手先が器用なので、競争力では日本、中国に負けないと韓国人工場長は自信をのぞかせた。韓国人労働者の平均賃金が月額三千ドルなのに対し、北は七十ドル。この格差が国際競争力の秘密兵器になっている。
「五年後の二〇一二年にはバイオ、電子工業、IT(情報産業)の生産拠点をここに移し、北の労働者十万人を雇用することになる。開城は朝鮮半島の中心に位置し、物流の拠点としても地の利があるところから、将来は北東アジアのシリコンバレーを目指している」と、全事業を統括している現代峨山の徐禮澤・開城事務所長は誇らしげに語っていた。その言葉を、同席している北側の関係者が大きくうなずきながら聞いていた。南北の信頼醸成はかなり進んでいる。
最近締結された米韓FTA(自由貿易協定)で米側は難くせをつけ、「開城工業団地の製品を韓国製とは見なさない」と異議を唱えたが、韓国は「韓国産の域外製品」を主張して譲らなかった。「開城」は既成事実として、もはや後戻りできない段階に達している。
ピョンヤン市街の「自由市場」には中国製品があふれ、中国経由で入ってくる日本製品にも事欠かない。「ピョンヤンホテル」の焼肉料理店「アリラン」の主人は、「調味料以外、日本製品は何でも手に入る。不自由はない」と語る。そこへウェートレスがやってきて、わたしたちに聞いた。「ビールはキリン、アサヒ、サッポロ、どれにしますか」
日本の経済制裁は何の効果もあげていない。在日朝鮮人に対する弾圧と迫害に利用されているだけだ。
滞在中、宋日昊・日朝国交正常化交渉担当大使とも旧交を温めた。彼は自信ありげに断言した。「安倍首相は、横田めぐみ氏以下、八人死亡の事実を知りながら、拉致を政治目的に利用しているが、まもなく墓穴を掘るだろう。日本を動かすのはわけない。アメリカを動かせば日本は簡単に動く」