【寄稿】国籍理由を認め謝罪/市に現状責任を追及
入居差別訴訟和解の意義と今後の課題
康由美(弁護士)
わたしは、二〇〇五年一月、ある物件に友人と入居しようとしたが、わたしが韓国籍であることを理由に入居を拒否された。その後、家主との事実確認の場をもったが、家主は、謝罪はおろか、事実関係すら否定したため、二〇〇五年十一月、わたしは大阪地方裁判所に提訴することになったのである。
まず、差別をめぐる裁判の一番のハードルが事実認定である。小樽の入浴拒否事件や浜松の宝石店入店拒否事件のような、はり紙という物証が存在する場合はまれである。要するに、「言った」「言わない」という争点になる。しかも最近では、事実確認や法廷の場であからさまに差別意識を出す人は少なくなった。わたしの場合のように、「入居条件はファミリー限定であり、それに該当しないから」と、「別の理由」を主張するようになっている。こうした差別者の「ウソ」を破ることはむずかしい。
こうした事実認定を立証する負担があるために、差別された者が司法による救済を受けることは困難である。そこで、差別された側ではなく、差別した側が、拒絶は差別ではなかったことを立証すべきとして、立証責任を転換する人権法の立法化が求められるゆえんである。韓国では現在、こうした法律の制定が議論されている。
また、わたしは自分が弁護士でもあり、自分一人だけの個別事件ではないとして、大阪市も被告とした。一九九五年に加入した人種差別撤廃条約に基づき、大阪市には差別禁止条例を制定すべき義務があるのに、これをしない不作為の違法があると主張している。
実際、大阪市内で毎年入居拒否が相当数発生しており、この事実からも、大阪市には立法義務があると立証するため、わたしは入居拒否にあった三人の経験を陳述書として提出した。みんな、くやしい思いをしたまま、「泣き寝入り」を強いられていた。ある中国籍の人にいたっては、「行政が自分の人権を守ってくれるなどということは、考えてもいなかった。面と向かって中国籍だから入居できないと言われて、これが法律的に問題があるとは、思いもしなかった」と語っていたのが印象的だった。
一方で、裁判が始まって間もないころから、裁判官から家主との和解を示唆され、被告代理人との間で、和解条項についてのやりとりが進んでいた。そこで、わたしは悩み始めていた。
原告としてわたしは、割り切れなかった。百万円の解決金ですべて終わったことになるのか。和解調書に「謝罪」の文言が入っただけで、それで本当に謝罪してくれたと言えるのか。
一方で、老齢の個人家主が法廷で証言すれば、無責任な攻撃的言論が垂れ流されている現在の日本社会で、今度はこの家主が匿名のひぼう・中傷にさらされるかも知れず、それは、わたしも弁護団も本意ではなかった。また、最も厳しいハードルとなる事実認定についても、和解内容として、家主の入居拒否は、国籍を理由とする入居差別であったことを認める条項が入れば、事実関係は争う必要がなくなる。つまり、尼崎入居差別事件のように、「国籍を理由とした入居差別ではあるが、他にも理由がある」などという事実認定をされずに済むし、継続したままの大阪市との裁判は、和解内容を前提に進められる。また、百万円という金額も、差別事件をめぐる過去の判決からみて、不当ではない。
そして、どう転んでも、「謝罪」や「反省」の真意は確かめようがない。わたしは、原告として割り切れない思いと、弁護士として和解するのが得策だという判断との間で悩み続けた。
最終的に、丹羽弁護団長が、「和解期日に本人に出頭してもらい、『国籍を理由とした差別であったことを認め、謝罪する』との文言が入った和解条項を裁判所に読み上げてもらい、その後、被告本人から一言謝罪の言葉を述べてもらいたい。その代わり、原告及び弁護団はその言葉に対して、一切のコメントをはさまない」という案を出してくれた。それで、わたしの心は決まった。
こうして、@和解条項には「差別を認め謝罪する」という文言が入りA相当額の和解金が支払われただけではなくB本人が和解の場に出頭し、本人の口から謝罪の言葉を述べる――という、ある意味、判決以上の内容で、二〇〇七年三月十三日、和解が成立した。提訴から約一年四か月後である。この和解内容で、差別事件とは、差別される側だけでなく、差別する側も相当な負担があるのだ、ということを示せたと思う。
今後の裁判は、大阪市が差別状況を放置している現状に対する責任追及が主となる。今後も、この裁判に関心をもって下されば幸いである。