【特別寄稿】小泉首相の靖国神社参拝問題をめぐって
日本人民衆が侵略や植民地支配の国家責任を追及しきれないのはなぜか
山田昭次(日本近代史研究者)
一、小泉首相の靖国の思想
二〇〇一年八月十三日に始まった小泉首相の靖国神社参拝は、中国や韓国、そして日本内部からの批判にもかかわらず毎年続けられ、二〇〇五年には五回に達した。
彼は二〇〇一年四月二十八日の自民党総裁選公開討論会で、首相に就任したら八月十五日に必ず参拝すると発言した。首相に就任した後は批判を緩和させようと考えたらしく、八月十五日を避けて参拝したが、参拝そのものはやめなかった。その理由は何か。二〇〇一年五月十四日の衆議院予算委員会の席上で、彼は厚生大臣であった時に靖国神社に参拝した理由として「本人は本来戦争に行きたくなかっただろう。しかし、家族のことを思い、国のことを思い行かざるをえなかった、ああいう方々のとうとい気持ちというものに対して心からの敬意と感謝をささげたいという気持ちで行ってきた」と説明し、以後も総理大臣として靖国神社に参拝する意志を表明した。民衆を行きたくもない戦場に行かせて死なせたのは、日本国家ではないか。その国家の最高責任者である小泉首相がなすべきことは敬意と感謝をささげることではなく、戦没者に対する国家責任を認めて謝罪することではないか。靖国神社は天皇制国家のために戦没した者たちを英霊として顕彰し、その後を継いで戦場に赴く者を確保することを目的としたものである。したがって彼らに敬意と感謝をささげるということは、基本的には戦前の「戦没者は英霊」という思想を継承するものである。
小泉首相は参拝のもう一つの理由として「今日の平和と繁栄の基礎は、あの大戦でとうとい命を犠牲にされた、あの犠牲の上に築かれている」という考えも挙げた。戦没者は今日の平和の礎という考えは平和という言葉の口当たりの良さのために日本人民衆の間にも広く肯定されて定着しているが、侵略に動員されて死んだ者がどうして平和の基礎になるというのか。日本人民衆が自分たちを侵略戦争に動員して無意味な死に追い込んだ国家の加害責任を追及した時に、初めて戦没者は平和の礎としての意味をもつ。こうした民衆の主体的営み抜きで戦没者は平和の礎とはなりえない。このことを見落して戦没者は今日の平和の礎と考えるのは英霊論と異なるように見えて、戦争の侵略性とその国家責任を隠ぺいし、英霊論と本質的に変わりはない。小泉氏は首相としての最初の靖国神社参拝の際に「アジア近隣諸国に対しては、過去の一時期、誤った国策に基づく植民地支配と侵略を行い、計り知れぬ惨害と苦痛を強いたのです」とは言った。しかし上記のようにこれとまったく矛盾したことを述べているのだから、アジアに対する彼の反省がつきつめたものではなかろう。
二、靖国神社と日本人民衆の意識
小泉首相の靖国神社参拝が政教分離を規定した憲法に反することを訴える訴訟が大阪(二件)、福岡、愛媛、沖縄、東京、千葉から提訴された。それでも首相に靖国神社参拝を断念させるまでには至らないのはなぜか。残念ながら、小泉首相の靖国神社参拝に反対する民衆が多数派に達していないからである。
小泉首相が靖国神社に参拝した二〇〇五年十月十七日の夜から十八日にかけて、朝日新聞社はこの問題に関して世論調査を行った。有効回答数は九百七十八人。回答率は五六%だった。この調査によれば、「参拝したことはよかった」と考える人は四二%を占めた。「参拝すべきでなかった」と考える人は四一%を占めた。これから見ると、小泉首相の靖国神社参拝に賛成する人と反対する人の比率はほぼ同じだということになる。しかし反対する理由の質も確かめなければならない。反対理由は次のようだった。
@軍国主義の美化になるから 二%
A憲法が禁止する宗教活動にあたるから 四%
BA級戦犯がまつられているから 五%
C周辺国への配慮が必要であるから 二八%
@ABは本人の内面から発する反対理由だが、Cは小泉首相の靖国神社参拝を強く批判する中国や韓国に対する外交的配慮であって、自己の本心とは別のものと考えられよう。これは小泉首相の靖国神社参拝に反対する人全体の六八%にも達する。これに対して@ABの合計は反対する人の二七%に過ぎない。つまり首相の靖国神社参拝に本心から反対する人は少数派である。小泉首相の靖国神社参拝を阻止できない国内的原因はここにあろう。
小泉首相の靖国神社参拝の日に参拝した七十八歳の男性は「国のために死んだ戦没者をいたわるのは人間として当たり前の気持ちで、首相が来たのも当然と思う」と語った(『朝日新聞』二〇〇五年十月十七日夕刊)。このように戦争の性格を問わず戦没を国事に殉じた意味あるものとして顕彰する靖国の思想は今日の民衆の中から消えていない。
三、自己が被害者であると同時に加害者であるという認識の痛苦を超えて
ここから脱する道は、戦没者はアジアに対して侵略戦争をした日本国家の被害者であると同時に、アジアに対する加害者であることを認識する以外にない。夫が戦死した斉藤たつの氏は、アジア・太平洋戦争は侵略戦争だと一九九三年八月に言った細川首相に山形県遺族会婦人部の一員として抗議文を送った。それは「世界平和の礎としてささげた父の、夫の、子の『命』を『犬死』させてはならない」と考えたからだった。しかし彼女は、中国での日本軍の残虐行為や元日本軍慰安婦の悲痛な訴えを知って、心を揺さぶられ、戦没者を英霊としてまつることが戦争の罪悪性を見えなくしているばかりでなく、再び国家のために命をささげる人々を育てているのではないかと考えるようなった(『朝日新聞』二〇〇五年八月五日朝刊)。彼女はかつて夫の戦死が平和の礎という意味のある死と考えて自己の悲しみを癒(いや)そうとしたのである。彼女が夫は国家によって意味のない死を強いられたのだと知ったのは戦争の罪悪性を認識した結果だった。これは大変な痛苦であったにちがいない。
沖縄戦で片足を失い、靖国訴訟原告団に参加した大城実氏は「靖国に英霊として祀(まつ)ることは、あの戦争は正しかったと言いかえることです。その意味ではあの人たちは犬死にした人たち――非常に酷な言い方ですが、しかしそこまで掘り下げていかなければ、日本人は靖国から解放されないんじゃないか」「犬死にという言葉に痛みをおぼえながらでも使わないと、あの戦争の本当の評価はできないのではないかと思います」という(下嶋哲朗「『教育の戦争犯罪』と靖国神社」・『世界』二〇〇五年一月号)。つまり靖国から解放される道は、日本人民衆が侵略戦争に動員されて戦死したという認識の痛苦を避けてはありえないのである。小泉首相の靖国神社参拝を阻止できない原因は、戦争の歴史を知ろうとせず、また知ることによって起こる痛苦を避けている日本人民衆がまだ多いからである。
しかしこの種の問題は靖国神社問題に限らない。関東大震災時に虐殺された朝鮮人の追悼碑に日本人が書いた碑文で朝鮮人を虐殺したのが日本人であることを明記したものはまだ一つもない(拙著『関東大震災時の朝鮮人虐殺―その国家責任と民衆責任』創史社、二〇〇三年)。これは日本民衆が加害者であったことに痛みを感じつつも、またその痛みのためにその明白な告白をちゅうちょしているからであろう。このために日本人民衆は自己を朝鮮人虐殺におもむかせた国家責任の追及をできないでいる。この結果、日本弁護士連合会が在日朝鮮人の人権救済の申し立てに基づき、二〇〇三年八月二十五日に虐殺事件調査書報告書をそえて小泉首相あてに提出した朝鮮人虐殺に対する謝罪勧告書も、彼の謝罪がないままに店ざらしになっている。日本の歴史的な負の遺産の清算のためには、日本人民衆が国家による被害者であるのみならず、他民族に対しては加害の一端に加わっていたという認識の痛苦から一切逃げない覚悟が不可欠である。