民族時報 第1081号(05.12.15)


【トップ記事】国情院真実委 調査報告書を公表

    人革党・民青学連事件「朴政権のでっち上げ」

 国家情報院(国情院)の「過去事件の真実究明を通した発展委員会」(真実委、呉忠一委員長)は七日、朴正煕軍事政権時代の代表的な公安事件で、六四年の人民革命党(人革党)事件と七四年の全国民主青年学生連盟(民青学連)、人革党再建委事件が、独裁政権維持に危機を感じた朴前大統領が直接指示し、国情院の前身である中央情報部(KCIA)と法務部など政府機関だけでなく、軍事法廷、最高裁判所など司法も総動員して民主化運動弾圧を目的にでっち上げた事件だった、との調査結果を明らかにした。真実委は事件が「朴大統領の要求で捜査方向が事前に決められ、実態も大きく誇張されて公表された」と結論した。

 六四年の人革党事件は、韓日会談反対デモに朴政権が戒厳令を宣布するほどの危機状況で、KCIAが「北の指令を受けて国家変乱を企てた大規模地下組織人革党を摘発した」(八月十四日)と発表した。 KCIAはまた、韓日会談反対デモが人革党関連者に背後操作されたとした。

 真実委はこれに関して「人革党はサークル形態の集まりだ」との結論を下した。またKCIAが人革党創党後に越北した「南派スパイ」と指摘した「金ヨンチュン」は、東亜大学教授の金サンハン(一九一九年生)で、「韓国の他の対北情報機関から特殊工作任務を受けて北に派遣された人物」と明らかにした。真実委はまた、韓日会談反対デモが「北の指令」で起こったものではなく、捜査過程で拷問がほしいままにされたのは明白だと結論づけた。

 七四年の民青学連事件は、維新憲法反対の学生デモが激しくなると、「共産主義思想の学生らが北朝鮮と朝鮮総連の指示を受けて政府を転覆するために作った組織」として発表した。この事件では韓国で取材していた太刀川正樹氏ら二人の日本人も逮捕された。KCIAは太刀川氏と当時韓民統組織局長だった郭東儀・韓統連常任顧問を結びつけ、郭常任顧問が朝鮮総連の指令を受け、太刀川氏に指示と資金を与えたと虚偽事実を発表した。これによって、李へチャン現首相、柳寅泰議員(ウリ党、前大統領府政務首席秘書)ら千人以上が連行された。

 この事件の発端は朴前大統領が同年四月三日、ソウル市内の大学で民青学連名義の反政府ビラがまかれたことに対して、「反国家的不純勢力を抜本的に塞源(そくげん)する」と緊急措置四号(特別談話文)を発表したことにあった。真実委は民青学連も人革党と同じく「実在しない組織」とし、「民青学連は国家変乱を目的に組織された反国家団体ではなく反維新闘争のための学生ネットワーク水準の組織がビラに表記した組織名に過ぎない」と明らかにした。さらに当時の「捜査状況報告書」(同年四月二十一日付)をあげて、「大統領談話と捜査結果を一致させる典型的な帳じり合わせ捜査が行われた」と発表した。同報告書には「学生がスパイと朝鮮総連などの指示を受け、暴力で政府を打倒して社会主義政府を樹立しようとしていたことを立証しろ」との内容が含まれていた。真実委は「民青学連が人革党再建委と朝鮮総連の指示を受けたとの証拠も発見されなかった」と明らかにした。

 人革党再建委事件は同年五月、非常軍法会議検察部が「徐ドオン、都イェチョンらが六九年から人革党残存勢力を糾合して人革党を再建して大邱とソウルで反政府学生運動を背後操縦した」と発表した。七月、人革党再建委八人に死刑が求刑され、翌七五年四月八日に最高裁が上告棄却して刑が確定。そのわずか十八時間後の九日午前四時に全員処刑された。同事件は当時、国際法律家協会から「司法殺人」と厳しく糾弾された。

 真実委は「人革党再建委の物証はなく、証拠は自白以外にまったく存在しない」と明らかにした。また、北朝鮮との連携も否認した。真実委は「拷問、強圧的な捜査など慣行的で幅広い人権侵害行為がほしいままにされたことは否定できない」と明らかにした。

 三つの公安事件すべてが拷問によるでっち上げだと発表した真実委は、被害者に対して「国家次元の適切な措置がすみやかになされるべきだ」とし、「権威主義時代には国家安保の名のもとに国家保安法を利用して市民の憲法的権利を重大に侵害して来たが、いまやこのような過去と決別する国家次元の決断が必要だ」と付け加えた。


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