民族時報 第1077号(05.10.15)


【解説2】戦後補償の象徴的存在/韓国内での関心高まる

    立ち退き強制執行迫るウトロ地区

 二〇〇〇年十一月の最高裁で敗訴が確定し、以降、地権者から立ち退きを迫られている京都府宇治市伊勢田町の在日同胞密集地ウトロ地区(六十五世帯約二百人)が強制立ち退きの危機に置かれている。京都地裁が突然、同地区の空き家一軒に対して九月二十七日の強制執行を告示したのを契機に、ウトロ地区は重大な局面を迎えたといえる。

 京都地裁は同二十二日、強制執行をいったん取り下げたものの、一時的な休止状態に過ぎない。同地区の土地所有権をめぐる地権者間の訴訟が大阪高裁で係争中のためで、十一月九日に出される判決によっては、強制執行が行われる可能性があるからだ。

 これに対して同二十五日、ウトロ地区で強制執行阻止緊急抗議集会があり、住民や支援者ら四百人が参加した。集会では、韓国から民主労働党やコリア・インターナショナル・ネットワーク(KIN)の代表が参加したほか、韓青大阪、京都府本部のメンバー十人がかけつけた。この日、強制執行に対備して座り込み闘争の練習を行った参加者らは、「判決次第では問答無用で執行されかねない。予断を許さない状況が続く」と警戒心を強めた。

 ウトロ地区を守る運動は、韓国でも広がっている。〇四年九月に韓国・春川市で開かれた韓中日国際居住問題研究会議にウトロ地区代表らが出席、ウトロの惨状を訴えたのがきっかけだ。その後、国内の各メディアが大きく取り上げ、市民団体が支援に乗り出したほか、国会内にウリ党やハンナラ党など超党派の「ウトロ問題を考える国会議員の会」が作られ、国政監査にウトロ地区代表が出席し、証言した。韓国でスタートした「ウトロを再生させる募金」運動に市民の関心も高いという。

 ウトロ地区は一九四〇年、強制連行され飛行場建設工事などに従事した朝鮮人が住み着き、戦後も国や行政の対象外地区として放置されてきた。まさに、ウトロ問題は日本政府が長く置き去りにしてきた戦後補償の象徴的存在でもある。


[HOME] [MENU] [バックナンバー]