【寄稿】先制攻撃の危険性増大/駐韓米軍再配置で誘惑増す
ブッシュ大統領再選の危険性
浅井基文(明治学院大学教授)
米大統領選は、イラク問題と米国経済情勢を最大の争点として、ブッシュがやや優勢と伝えられながらも、予断を許さない激戦が続いている。イラク戦争の泥沼化を反映して、ブッシュのイラク戦争に対する米国民の批判は厳しさを増している。それにもかかわらず、民主党のケリー候補がブッシュに対して有利に選挙戦を進めることができないでいるのは、最大の争点であるイラク戦争に対するケリーの言動が一貫性を欠き(少なくともそういう印象を与えてしまっており)、「ケリーが大統領になれば、米国はイラク戦争の泥沼から抜け出すことができる」という確信を米国民に与えられないでいることに最大の原因があることは明らかである。
しかし、より本質的な問題は、ケリーがブッシュに対して、イラク問題に対する明確な代替肢の提起に失敗しているのみならず、イラク戦争の発端になった先制攻撃戦略そのものについても基本的には肯定する姿勢で臨んでいること、テロリズム問題に対して戦争(武力行使)一本槍(やり)で臨むブッシュ戦略に対する説得力ある代替肢も提起しえないでいることなど、要するに「どちらが大統領になっても、状況は変わらない」というさめた判断が米国民の間で広がっていることにあると見られる。
このように見てくると、米大統領選の結果いかんは、二〇〇五年以降の国際情勢に対して本質的な変化を生み出す可能性がない、と判断するほかないように見える。筆者としても、そういう判断に傾くのだが、こと朝鮮問題に関する限り、ブッシュが当選することは、朝鮮半島情勢に一触即発の危険性をもたらす危険性が増大することを指摘しておく必要性を感じている。
問題は、ラムズフェルド国防長官が中心になって進めようとしている米海外兵力展開計画の見直しにかかわる。巷間大きく取り上げられていることは、駐韓米軍の縮小問題である。すなわちラムズフェルド戦略においては、米ソ冷戦時代のままで基本的に維持されてきた海外における兵力展開を、いかなる事態にも迅速かつ機敏に対応できる兵力展開を目指すことを主眼として抜本的に見直すことが目標になっている。駐韓米軍もその一環という位置づけだ。もっとも、駐韓米軍に関しては、イラク展開兵力の不足を補うという、「背に腹は代えられぬ」という現実的考慮も働いていることは明らかだ。
このような削減計画に対しては、米国内でも、朝鮮半島の軍事バランスを崩す危険性があるとか、北朝鮮からの具体的な見返りもなしに米軍を一方的に削減するというのは政策的におろかを極める(北朝鮮からの代償を引き出すためのカードとして削減問題を考えるべきだ)とかの批判が提起されている。
だが、筆者の判断に間違いがなければ、駐韓米軍の見直し問題のもっとも重大で危険な要素は、その削減にあるのではない。むしろ削減計画と同時に進められる駐韓米軍のソウル以南への展開計画の方がはるかに重大な意味を持つ。
これまで三八度線とソウルの間に展開してきた米軍は、朝鮮で戦火がぼっ発すれば、北朝鮮の砲火に直面する「人質」だった。したがって、その「人質」を危険にさらす結果を必然的に伴う、北朝鮮に対する先制攻撃による戦争発動は、米国としては取り得ない選択だった。つまり、先制攻撃戦略を採用したブッシュ政権以前の米国の戦略では、駐韓米軍は北朝鮮が仕掛ける先制攻撃の戦争を思いとどまらせる(駐韓米軍が砲火にさらされる事態になれば、米国は必ず報復攻撃に訴えるということを北朝鮮に確信させる)「抑止力」としての位置づけだった。
しかし、駐韓米軍がソウル以南に展開すれば、米国は駐韓米軍に対する直接の攻撃の危険性を考慮する必要なく、北朝鮮に対して先制攻撃の戦争を仕掛けることが可能となる。つまり、ブッシュが再選されれば、二〇〇五年以降、朝鮮半島では常に米国の先制攻撃によって引き起こされる戦争の危険性が現実のものとなるのだ。
ケリーは、朝鮮問題を外交的方法によって解決することを強調している。また、六者協議重視など関係諸国との強調を重視する点でも、猪突猛進の危険性を常にはらむブッシュよりは、より危険性が少ないとはいえるだろう。
結論として、米大統領選の帰すうは、国際情勢一般についてはともかく、朝鮮問題に関する限り、大きな違いを生む可能性があることを指摘しておきたい。朝鮮半島の平和と安定を希求する立場から言えば、ブッシュ再選を拒否する米国民の健全な判断力に期待したいところだ。