【声明2】
海外民主人士の帰国に関しての声明
約二百人の推進委員と十四団体は八月七日、海外民主人士の名誉回復と帰国保障のための汎国民推進委員会を三か月の準備を経て結成した。推進委員会は日本、米国、ドイツ、フランス、デンマークに居住する海外民主人士六十二人に対して、九月の秋夕故国訪問を進めた。
七〇年代の朴正煕大統領時代は、大統領間接選挙を国民の直接選挙に変えようとの憲法改正を主張しただけでも懲役三年を宣告され、刑務所生活を送らなければならなかった。また八〇年代の全斗煥大統領は、多くの市民を殺し、全国民を恐怖雰囲気に追いやって大統領になった。わが国にこのような時代がほんの最近まであった。この時代、この地の民主化と統一のために献身した多くの人たちが刑務所に行ったり、自分の身を燃やして自ら命を絶ち、指名手配されて冷たい路地をうろつき、拷問を受け、共産主義者と呼ばれたりした。
このような恐怖の七〇―八〇年代に、われわれに代わって軍事政権の蛮行を世界に知らせて国際世論を動かし、拘束・手配・拷問・不審死などを受けながらも、われわれを惜しみなく支援し、ともに泣いた人たち、祖国の民主化と統一のために自分の事業や学業を放棄した人たちが、まさに海外民主人士らである。
最初、政権交代をなし遂げたという金大中大統領時代にも、海外民主人士らは祖国に帰れなかった。金大中政権は、国内で民主化運動を行った人たちには民主化運動に関連した名誉回復と補償などに関する法律を制定し、礼遇した。そして五年間に多くの人士が重要な公職に就き、国会にもたくさん進出して、民主化運動を行った人が七十、八十人になるという。
しかし、海外民主人士らは金大中大統領時代にも反体制人士、親北人士、甚だしくは北朝鮮の工作員にされて、国内に入国できずに異郷の地で年を重ねていた。彼らは九〇年代、わが社会の民主化運動が統一運動に引き継がれるに従って、われわれとともに北側を訪問し、民族統一のために献身した人たちだ。
金大中政権時代には、北朝鮮の高官や総連関係者らもわが国を訪問したが、海外民主人士だけが故国を訪問することができなかったのは非常に間違ったことだ。ここにわれわれは海外民主人士の名誉回復と帰国保障のために推進委員会を作り、活動することによって、今回の行事に海外民主人三十四人が何の条件もなく故郷を訪問できることになった。
だが政府は、海外民主人士の入国を許可したが、ドイツの宋斗律教授ら三人を除外した。宋斗律教授が北朝鮮労働党の政治局候補委員ではないという事実は、わが国の裁判所も認めている。それにもかかわらず、宋斗律教授に逮捕令状を出したとしており、これがどれだけ時代錯誤的な考えであろうか。旧時代の悪法である国家保安法を廃止し、宋斗律教授に何の条件もなく帰国を許可して、一時代を締めくくることを強く促す。きょうの歓迎式に参加したわれわれは、宋斗律教授らいまだに入国不許可になっている海外民主人士の無条件入国のために、最後まで努力するものである。
祖国の民主化と統一のために、一身を顧みることなく三十、四十年ぶりに夢にまで見た故国に入国した海外民主人士らを熱く歓迎しよう。今回の海外民主人士の故国訪問が、南北・海外七千六百万同胞の真の和合の契機になることを願うものである。
二〇〇三年九月十九日
海外民主人士の名誉回復と帰国保障のための汎国民推進委員会