民族時報 第1015号(03.08.21)


【連載】

    韓統連30年の歩み (下)

1993年― 2003年

  韓統連結成二十年から三十年までの十年間は、米国による朝鮮半島での戦争策動と南北首脳会談で発表された六・一五共同宣言履行という、戦争危機と平和統一が激しくぶつかった期間だった。

 九三年に就任した金泳三大統領は、翌年七月にピョンヤンで金日成主席と南北首脳会談を行うと電撃合意した。しかし、会談二週間前に金主席が急逝すると、自ら弔意を表すどころか、統一運動団体の弔意行事を「容共」として徹底的に封鎖し、南北の対立をあおった。

 これに対して、九八年に就任した金大中大統領は二〇〇〇年六月、ピョンヤンを訪問して金正日国防委員長と歴史的な南北首脳会談を行い、六・一五南北共同宣言を発表した。両首脳は六・一五共同宣言で、統一はわが民族同士で自主的に解決することをあきらかにするなど、自主的平和統一への基本精神を示した。

 この精神に沿って、南北は現在まで十一回の南北閣僚級会談を開き、離散家族の再会や経済協力の推進、そして京義線と東海線の鉄道と道路を連結させて軍事境界線に「統一への陸路」を切り開いた。

 これは、南・北・海外の七千万同胞が民間主導で推進した汎民族大会の統一運動で得た成果だ。韓統連はピョンヤンなどで開かれた汎民族大会に毎回代表団を派遣して大会を盛り上げた。汎民族大会は、六・一五共同宣言の発表後は民族統一大会として六・一五や八・一五にソウルとピョンヤンで交互に開かれるまでに発展している。

 一方、統一問題で忘れることができないのは、現代グループの鄭周永氏が牛一千頭を連れて板門店を越えて訪北し、民間の経済協力を始めたことである。この事業が金剛山観光への道を開き、さらに開城工業団地の着工へと進展している。この事業を引き継いだ鄭夢憲氏は先日亡くなったが、民間経済協力は一時も停滞させてはならない。

 この期間で、非常に重要な情勢のひとつに朝米関係がある。九四年に米国は北朝鮮圧迫政策を強化し、「第二次朝鮮戦争も辞さず」と開戦一時間前まで突き進んで、好戦性の本性を全世界に見せつけた。

 朝米はこの年、ジュネーブ基本合意を導きだし、@二○○三年までに二百万キロワットの軽水炉発電所を建設するAその間、毎年五十万トンの重油を供給するB米は北朝鮮に対して核兵器を使用せず、威嚇しない、などを約束した。朝米関係は関係正常化へ向けて大きく前進した。 しかし、次に登場したブッシュ政権は北朝鮮を「悪の枢軸」と呼ぶなど緊張を激化させ、核の先制攻撃までほのめかして緊張を極度に高め、基本合意を反故(ほご)にした。今月末に、朝米は核問題をめぐって韓国と中国、ロシア、日本が参加する六者協議を行うが、朝米関係の根本解決は不可侵条約を結ぶことである。

 この期間、民族自主を求める韓国民衆は朝鮮戦争時の住民虐殺、米軍射爆場の被害、米軍犯罪など、あらゆる犯罪を暴露する闘いを展開し、運動を大きく前進させた。

 また駐韓米軍の女子中学生れき殺事件に対して、裁判権の委譲、ブッシュの公開謝罪、韓米駐屯軍地位協定(SOFA)の全面改正、戦時作戦指揮権の委譲などを求めて全国民的な反米・キャンドルデモを展開した。韓統連など海外民主勢力も反米闘争に合勢した。

 統一運動の進展に比べて民主化は大きく停滞し、一時後退したといわざるをえない。韓統連は金泳三政権の改革政策を支持したが、同政権は出発早々「新公安統治」を強化し、民族民主勢力を「左傾」とば倒、南側の八・一五統一大会で韓総連学生五千七百人を連行するなど野獣的大弾圧を加え、韓総連と汎民連南側本部を「利敵団体」と規定するなど、独裁政治を強行した。

 これに対して、韓統連は「韓総連弾圧糾弾!海外韓国人大会」を組織するなど反独裁闘争を強化し、金泳三政権の退陣を求める闘争を展開した。

 金大中政権は「疑問死真相究明委員会」設置など民主化を前進させたが、公約の国家保安法撤廃については手を下さず、全斗煥、盧泰愚を釈放して民主化に逆行する面もあった。盧武鉉大統領の大幅な民主化実現に強く期待したい。 韓統連は九七年三月に「民族教育の発展のために」を発表し、在日同胞子女の民族教育の強化を主張した。

 この期間は、韓統連組織が大きく拡大強化された時期でもある。兵庫をはじめ京都、広島、東京本部を次々と結成し、神奈川、東海、大阪を含めて七本部体制になった。また九四年から在日同胞の具体的な統一運動として始めた「統一マダン」は十回目を数え、五地域から現在は七地域の開催へと拡大している。

 九五年に発生した阪神淡路大地震では、兵庫本部に現地対策委員会を設置し、組織挙げての救援運動を展開した。また同年の南北の水害では、汎民連日本地域本部の呼びかけで南北の同胞に義援金や救援物資を送り、九七年からは北朝鮮への「コメ支援運動」を数年にわたって展開、一千トンを超える食糧や救援物資を送った。

 三十年にわたる韓統連の自主・民主・統一運動は韓国の民主化と祖国統一、民族自主において輝かしい業績を残した。とくに南北首脳会談と六・一五共同宣言の発表は、韓統連の金大中大統領救出運動の誇り高い成果の産物といえる。だが韓統連への「反国家団体」のくびきが残って名誉が回復されず、本国への自由往来が達成できていないのは残念なことだ。その意味で、最近国内の民族民主勢力と良心的なマスコミが海外民主勢力の名誉回復と帰国保障のために誠意をもって取り組んでいるのは、非常に鼓舞的なことである。(おわり)


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