ルポ 女子中学生れき殺事件 公務中には殺してもいい?

(ハンギョレ21 7月21日付け)

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六月十三日午前、京畿道楊州郡廣積面五十六番の地方道路。友達の誕生祝いに行こうと道路の端を歩いていた女子中学生二人が、米第二師団四十四工兵隊所属の架橋運搬用の装甲車(運転士=マーク・ウォーカー兵長、三十六歳)にひかれ、即死した。突然の幼い生命の死に遺族らは泣き叫んだが、国中をおおったワールドカップの熱気の中に埋もれてしまった。制服姿の花一輪を手にした女子中学生らは血の涙で友達を見送り、二人の机と悲しく向きあった教室は泣き声でうまった。

だれも責任負わない悲劇の事故

事故直後、米軍側は異例のすばやい行動を取り、事態の収拾に乗り出した。米第八軍司令官をはじめ第二師団長らが、次々と遺家族に対する公式の遺憾声明を発表した。事故を起こした工兵大隊は追悼行事まで開いた。そして事故発生から六日後の六月十九日午後、「韓米合同調査」結果を発表した。「大韓民国警察、大韓民国犯罪捜査隊および米陸軍安全部署とともに、われわれは今回の事故を徹底して調査した。今回の調査を通じて収集したすべての証拠に基づいて、われわれは今回の事故が故意や悪意によって起きたとするどのような証拠も発見できなかった。われわれはこの事件が悲劇的な事故だと確信する」。

花のような女子中学生二人が無残に生涯を閉じた。キャタピラにひかれた遺体は姿かたちが判別できないほどであった。しかし、事故発生がおきてから十五日過ぎた現在、「衝撃が大きくて外部の人との接触が困難だ」としていたマーク・ウォーカー兵長は、「正常な兵営生活」をしている。事故発生の原因と過程は具体的に明らかにされていないし、責任者に対する処罰もまた何一つ行われていない。いったい、この状況をどのように理解すべきだろうか。

「事故が起きれば、真相を明らかにすべきではないのか。人が二人も死んだのに、どうしてだれも責任がないというのか……」。強い日差しが肌をさす六月二十九日午前十一時三十分ごろ。故シン・ヒョスンさん(十五歳)、シム・ミソンさん(十五歳)がひかれた事故現場で、彼女らを死亡させた疑問を解くために民主化のための弁護士の集いと駐韓米軍犯罪根絶運動本部など、市民・社会団体のメンバーらが現場調査に乗り出した。「子どもの遺体は二人の頭がい骨がおしつぶされたまま重なっていた。まだ血がにじみ出る前だった。どこの家の子どもなのか確認するために、まず村長に電話した」。事故現場を最初に目撃したホン・ギソック氏(五十四歳)が、現場調査に参加した李ソッテ弁護士(法務法人トックス)に事故直後の惨状を話した。

村の住民は、事故地点は平素、米軍はもちろん韓国軍の装甲車と戦車などの往来が頻繁なところだと言う。近くにムグン里の砲兵・機甲訓練場があるためだ。事故当日も、米第二師団の大隊戦闘力測定(ATT)訓練が実施されていた。住民によれば、韓国軍は大規模訓練を繰り広げる際には事前に村に通報してくるが、米軍は一度も前もって知らせてきたことがないと言う。ある住民は「韓国軍は訓練をする際に危険表示をし、交差点などには憲兵を配置したり信号機を設置するなど、事故の危険を減らすためにそれなりに努力する」が、「米軍は先導車を配置するだけで他の安全措置はなく、ひやひやすることが多い」と語った。

告知なく訓練、安全規定無視

六月十九日、「韓米合同調査」の結果について、米軍当局はこのように発表した。「事故を起こした装甲車が、カーブを回って坂を登っていたときだった。このとき、向かい側から別の装甲車が下ってきていた。事故車両の先任搭乗者は、三十メートル前を歩いていた被害者の少女らを発見し、運転兵に警告しようとした。(しかし)ちゃんと警告できなかった。事故を起こした運転兵は、先任搭乗者の止まれとの声を聞いた瞬間、すぐ車両を停止させた。向かい側の装甲車の先任搭乗者も、道路を歩いていた被害者の少女らを目撃し、事故車両に警告しようとしたが機会を逃した。事故車両が被害者の少女らをひいた後、双方の装甲車は一メートル手前で止まった」。

米軍側の一方的な調査結果に対する遺族と地域住民の反応は、冷ややかだった。「事故車両の先任搭乗者が女の子たちを発見したのは三十メートル手前だった。猛スピードを出していなかったならば、上り道だし十分に車両を止められる距離だ。米軍車両は道路幅より広いので、普段から中央ラインを越えたまま運行していた」。亡くなったミソンさんの父シム・スボさん(四十八歳)は「事故当日も、対向から急に装甲車が飛び出してきたので、これを避けるために道路の端に寄って事故を起こしたのだ」「別の装甲車との衝突を避けるために、子どもたちをひいた可能性も十分にある」と主張した。

 全国約五十の市民・社会団体で構成された「米軍装甲車による女子中学生殺人事件汎国民対策委員会」の金ジョンイル共同委員長も、「米軍の発表内容は一般の常識からして話にならない主張だ」と反論した。金委員長は「まず事故車両が道路幅より大きく、訓練車両を統制するための安全要員を配置しなかった」「さらに米軍がつくった訓練教本をみると、はち合わせた装甲車が交差通行する際は相手が通行優先になっており、少女たちを発見していなくても、相手の装甲車のために事故車両は止まらなければならなかった」と主張した。

 「韓米合同調査」とはいうが、実際の調査を主導し結論を下したのが米軍だという点も、調査結果に対する不信感を高めている。現行の「韓米駐屯軍地位協定」(SOFA)第二十二条三項は、公務執行中に起こった事故に対しては、優先的刑事裁判権を米国当局が持つと規定しているからだ。実際に合同調査に参加した韓国側の関係者は、「事故運転者と話もできない状況で、何の調査ができるのか」「合同調査の現場で主導的に意見を出したり、裁量権を持って調査に参加することはできなかった」と明らかにした。

形だけの合同調査、一方的結論

 事故原因に対する米軍側の発言が変わったことも、遺族の疑惑を買うのに十分である。米第二師団は事故直後、「現場調査に遺族も参加させる」と明らかにした。しかし、米軍は六月十六日に遺族を呼ばないまま現場検証を行ったが、これを知って駆けつけた遺族の強い抗議を受けた。調査結果に対しても、米軍側の説明は一貫性がない。六月十九日の調査結果発表の場で、米第二師団参謀長は事故の責任を問う遺族に「一次的な責任は事故運転者にあったし、部隊の指揮体系にも問題があったと見ている」と明らかにしている。米軍側の過失は認めたわけだ。

 しかし、米軍はいつのまにかこうした立場を変えた。「事故自体は悲劇的だが、米軍のだれもこの責任を負う理由がない」というものだ。米第二師団の広報関係者は「ハンギョレ21」との電話で、「韓米合同調査の結果、シンさんとシムさんの死をもたらした悲劇的な事件について、だれにも過失はないと決定された」とだけ繰り返した。

こうした主張は韓国警察の調査結果とは真っ向から対立する。警察関係者は「事故当時、事故車両は向かい合わせた装甲車と交差して通行することになり、そのために通常の走行位置から少し右に寄らざるをえなかった」「先任搭乗者が運転者に人がいると叫んだが、無線通信をしていた運転者がこれを聞き取れず、事故が起きた」と語った。これにより、管轄の議政府警察署は「運転者の安全義務を規定した道路交通法第四十四条の前方注意を怠った運転者の過失で発生した事件だ」と結論を下し、すでに検察に事件を移管した。

 往復二車線の狭い道路に、道端は草でさえぎられている事故現場付近の住民は「子どもたちを学校に通わせるのが恐ろしい」と口をそろえる。憂慮していた事故が残酷にも現実化して半月が過ぎたが、地域の住民の訴えにも、いまだにこれといった予防対策がとられていない。亡くなったヒョスンさんの父のシン・ヒョンス氏(四十五歳)は、「安全対策も完備し、過失もないというのに、どうして事故が起きるのか」と嘆いた。

 しかし、米軍は「普段から安全対策に万全を期している」と主張を変えない。「米第二師団は地方道路での事故を防止するために、速度制限を強く施行している。装甲車車両の運行時には、常に誘導車両を運行している。危険な状態では先導の誘導車両を停止させることを含めて、誘導に適合した訓練と標準規則を引き続き強調している。すでに超過速度防止装置の設置、小さな子らの歩行を警告する道路標示の設置を(地方自治体に)建議した。また道路幅の拡張と登下校時の子ども保護のために、歩道の設置も建議した」(米第二師団広報関係者)。

政府は裁判権放棄を要請せよ

悲劇的な事故は起きたが「過失」はなく、元気な女子中学生の命を奪ったのは遺憾だが「責任」を負う理由はない、と主張する米軍から再発防止策を期待するのは最初から無理であった。そのせいなのか、住民の怒りの対象は米軍を超えた。村の入り口で会ったある住民は、「白昼に人を殺してしらを切る米軍より、事故の真相調査さえできないわが国の政府の無能さに、もっと腹が立つ」と声を高めた。

 駐韓米軍犯罪根絶運動本部の李ソヒ事務局長は、「駐韓米軍の公務執行中の犯罪に関しては、長く韓国の検察は捜査することから禁止されてきた」とし、「米軍側に裁判権の放棄を要請したこともなかったし、公務執行中の犯罪に関しては、総じて駐韓米軍内で軽い懲戒で済まされてきた」と語る。駐韓米軍の犯罪に対する起訴率が、日本の約十分の一にすぎない三%あまりにとどまるのも、不平等な韓米関係に寄生した「よくない慣行」が維持されるからだ。

 しかし、道がないのではない。一九九一年二月一日改定された協定の合意議事録了解事項をみると、「一方の当事国が他方当事国の一次(裁判)管轄権の放棄を要請しようとする場合、該当犯罪の発生の通報を受けるか、それを知ってから、二十一日を超えないできるだけ早い日時に、これを書面で要請しなければならない」と規定している。もし、わが国の法務部が事件発生二十一日目の七月五日までに、駐韓米軍司令部に裁判権の放棄を書面で要請する場合、米軍はこれに「好意的」に応じなければならない。これに基づき、汎国民対策委は六月二十七日、事故の張本人である米軍人と部隊長らに対する刑事告訴状とともに、米軍に裁判権の放棄を要請せよとの申請書を法務部に提出した。

 六月二十六日午後、議政府市の米第二師団前では約四百人のデモ隊の怒りに満ちた喚声が再び響いた。憤るデモ隊は、約千六百人の警察に囲まれたまま「真相究明」「責任者処罰」と、声のかぎり叫んだ。数日前、怒るデモ隊が破った鉄条網は、いつのまにか黒い布で覆われて立ちはだかっていた。

米軍は反米を望んでいるのか

 制服姿で集会に参加した李某君(十八歳、議政府高三年)は、「米国でこのような事件が起きれば、どうしただろうか。考えるだけでも怒りがこみあげ、がまんできない」と述べ、「第二、第三のヒョスンやミソンが出ないためには、事故の徹底した真相究明と責任者の厳正な処罰が先行しなければならない」と強調した。いっしょに来た友だち五人と右手を高くあげて反米スローガンを叫ぶ李君の後ろに立ちはだかる鉄条網が危なかしく見えた。

 米軍当局とわが政府は、りょう原の火のように広がる「自発的」反米感情を、いつまで鉄条網の外へ防いでおくことができるだろうか。 (おわり)