在日韓国民主統一連合

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黄英治
『記憶の火葬
在日を生きる――
いまは、かつての〈戦前〉の地で


影書房


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インターネット紙「プレシアン」

2010/09/04

韓統連 最新情報(10.08.15)

更 新 日:2010年08月24日(火)

最新号 第1187号を掲載しました

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 NAME  韓統連中央本部    DATE  2010.08.24 - 21:52
第44回韓青全国夏期講習会開く(10.08.15)

 12月祝賀会で再会を

 在日韓国青年同盟(韓青・文世賢委員長)は、「サマーキャンプ二〇一〇」(第四十四回韓青全国夏期講習会)を七月三十日から八月一日まで、愛知県知多半島で開いた。「韓青結成五十年!祖国とともに!民族とともに!」をテーマに開かれた講習会には、全国各地から多くの同胞青年が参加し、真夏の太陽をあびて、青い海と空のもとで民族文化に触れ、同胞同士で語り合う充実した三日間を過ごした。

 文委員長は開会式で、「在日同胞の歴史である韓青五十年史と、在日同胞社会や祖国の未来をつなぐのは、現在を生きる同胞青年である私たちだ。同胞同士の出会いを大切にし、愛情と情熱を分かち合い、民族や祖国にふれるなかで民族的に生きる力を得よう」とあいさつした。また、韓統連の黄英治組織局長があいさつした。

 一日目は姜春根・韓統連副議長が「韓青結成五十年!祖国とともに、民族とともに」をテーマに特別講演した。祖国統一の必要性、民族・統一への思いを実践していくことを情熱的に訴える内容を受けて、参加者らは世代を超えても変わらない民族への情熱と、変えるべき現状に対する認識を共有した。

 二日目はグループ別のプログラムを行った。新規参加者が中心のAグループで白康喜・三重県本部委員長が「ボクがボクであるために!民族的に生きよう」をテーマに講演し、「本当に自由に自分らしく、民族的に生きるために、私たちを取り巻く構造にうちかっていこう」と強調した。幹部・活動家が中心のBグループは金承民・組織部長の発言をもとにグループワークと討論を行った。その後、各グループの参加者たちは、班別ディスカッションを通して討論を深めた。


 メインの韓青文化マダンでは、「韓国併合」百年の契機性をいかして、東京(総合芸術)、神奈川(民謡)、愛知(プクチュム=太鼓の舞)、三重(サムルノリ)、京都(アンサンブル)、大阪(プンムル)、兵庫(プチェチュム=扇の舞)など各本部が創意工夫をこらした民族色あふれる文化発表を披露し、参加者に大きな感動を与えるとともに、民族文化のすばらしさを伝えた。

閉会式では多くの参加者から「今回の夏期講習会を契機に本名で生きていく」「在日同胞として本当の自由をかち取るために、民族的に生きていく」という力強い感想、意見表明があり、今後の光復節六十五周年在日韓国人地域集会、韓青五十周年記念事業など韓青活動での再会を約束した。

【参加記】韓青サマーキャンプ2010に参加して

これを機に民族的に生きる  ファンボ・チッキ(韓青兵庫県本部尼崎支部)

 今回はわたしにとって三回目の韓青のサマーキャンプだった。

 このキャンプで印象に残ったのは、白康喜・三重県本部委員長の講演だ。講演のタイトルは「ボクがボクであるために!民族的に生きよう」で非常に興味深かった。というのも、韓青活動は私たちが民族的に生きることが目的と言うが、もしも民族的に生きるということはどういうことか説明しろといわれたら難しいと思う。だから、この講演で民族的に生きること=人間らしく生きること=自分の持って生まれたアイデンティティが否定されないこと、という考え方を得られたことは大きい。

 また、班別討論で「もしも自分が生まれたときに本名か通名か選べたら、自分はたぶん本名を選んでいた」という話が印象に残った。

 二日目の夜の文化マダンは私たちの民族のすばらしさを表していると思う。

 キャンプに参加すると、キャンプをつくっている先輩らの存在の大きさを感じる。班長や副班長、影で働く事務局の人たちのおかげで充実した三日間になった。

 韓青が五十年も続いているのも温かい先輩らがいるおかげであり、そういう先輩らが韓青にいるのも韓青が民族団体でかつ民族が大切なものだからと思う。

 これからも、韓青活動に積極的にかかわっていき、ウリマルやチャンゴサークル、歴史セミナーに参加して、民族的に生きようと強く思う。

同胞との出会いに醍醐味  チョン・ビョンテ(韓青愛知県本部)

 韓青のサマーキャンプは、今年で二回目だ。今回は韓青結成五十周年ということで、全国キャンプとして開催すると聞き、迷わず参加することにした。

 今年は南知多の美浜の海で泳いだり、楽しいレクレーションをしたりで楽しくすごすことができた。またいろいろな人の講演を聞いたり、文化マダンで披露した「扇の舞」が成功したことも楽しく、貴重な思い出になった。

 夜は班のみんなで統一問題や本名問題について討論した。ぼくは学校に通名で通っているが、日本人と認識されてしまう自分が嫌で、そうならないためにはやっぱり本名に変えた方が良いのかなと思っていた。でも、いろいろ不安があったため、なかなか本名に変える決心がつかなかった。しかし、今回のキャンプで先輩らの講演を聞き、討論するうちに本名に変える決心がついた。それを閉会式の感想としてみんなの前で宣言すると、みんなが応援してくれたのでとても感動したし、やっぱり韓青はすばらしい場所だと改めて実感した。

 そして韓青のキャンプの魅力といえば、何といっても、毎年いろいろな同胞青年との出会いが醍醐味(だいごみ)だと思っているので、これからも積極的に参加していきたい。
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 NAME  韓統連中央本部    DATE  2010.08.24 - 21:48
【主張】「韓国併合」百年を迎えて(10.08.15)
 植民地支配から百回目、分断から六五回目を数える八月を迎えた。

 日本政府は十日、「韓国併合」百年を迎えて、過去の植民地支配への反省や未来志向の韓日関係を築く決意などを柱とする首相談話を発表した。「韓国併合」とは日本が朝鮮の自主権を奪い植民地化したことを意味するが、植民地化の被害者は言うまでもなく朝鮮民族全体である。したがって当然、その「韓国併合」百年目に発表する日本首相の談話の対象国は分断国家の一方だけでなく朝鮮民族全体、すなわち大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国の両国になるはずだ。しかし談話の対象はあくまで韓国としているが、韓国だけに偏った日本の政策ではかえって朝鮮半島の緊張を高めるだけだ。

 冷戦終結から二十年が経ち、日本をとりまく国際環境が大きく変化したなかで、日本政府に求められているのはその変化に見合う新たな外交政策の展開だと思う。冷戦的思考から脱却すべきであり、対立から共存への思考の転換が必要だ。朝鮮半島に対する政策では日本は韓国とともに北朝鮮との関係改善に向けて大胆に政策を転換しなければならない。

 しかし、先月末に朝鮮半島近海で強行された史上最大規模の韓米合同軍事演習に日本の自衛官が公然と参加するという間違った政策を日本政府はまた一歩進めてしまった。冷戦的であり米国一辺倒にもとづく、このような日本の行動は仮想敵国とされた北朝鮮はもちろんのこと、日本の再軍拡を警戒する韓国民衆や中国からも強く批判されている。国連をはじめ国際社会は、哨戒艦事件などすべての問題を平和的方法と直接対話によって解決するよう勧告している。日本は韓米日の軍事一体化を強化して朝鮮半島の緊張を高めるのではなく、北朝鮮との直接対話を促進しなければならない。われわれは民主党を中心とする日本の新政権にあらゆる問題を「ピョンヤン宣言」に基づいて解決する姿勢をあらためて鮮明にするよう要求する。

 八月は平和と統一を促進する月でもある。「平和と統一のための汎民族大会」が開催された九○年から今日まで、光復節は民族統一を祈念する日でもある。今年は最悪の南北関係を目の当たりにしながら光復節を迎えることとなった。米国と李明博政権は、哨戒艦事件を口実に朝鮮半島の軍事緊張を一挙に高めている。しかし韓国では哨戒艦事件以降、政府の調査結果に対する疑問が続々と出されるなかで、平和と南北関係の修復を求める声がより切実さを増しなが強まっている。偶発的な事故によっても戦争が起こりうるのが現在の朝鮮半島の休戦協定体制である。根本的な平和保障体制の構築が急務であり、そのための関係国の直接対話が早急に開始されなければならない。

 八月はわが民族の一世紀以上にわたる近現代のなかで、祖国の独立と統一のために闘い犠牲になった数多くの先烈らの遺志に思いをはせ、平和と統一の実現に向けた決意を新たにする月である。
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 NAME  韓統連中央本部    DATE  2010.08.24 - 21:47
郭東儀先生の傘寿を祝う会(10.08.15)

 内外人士から祝電、偉大な業績を称える

  「郭東儀先生の傘寿をお祝いする会」が八日、都内の学士会館で開かれ、韓統連、韓青、民主女性会のメンバーや六・一五共同宣言実践日本地域委員会のメンバー、在日同胞らが多数参加した。主催は韓統連中央本部。

 孫亨根・韓統連議長はあいさつで郭最高顧問の八十歳の誕生日をお祝いし、郭最高顧問を「高い理想をもち、ひたすらその実現をめざして行動する偉人の一人」であると述べた。郭最高顧問が五十年前に青年運動の革新をなし遂げ韓青を出帆させたこと、金載華先生、「東湖先生のもとで自主・民主・統一運動の拠点である韓民統結成に大きく貢献されたこと、韓民統を改編した韓統連の議長となり、汎民族大会の成功と祖国統一汎民族連合(汎民連)の結成に尽力されたこと、六・一五民族共同委員会の結成と海外側委員長への就任など、これまでの反独裁民主化・反外勢自主化闘争と祖国統一運動での偉大な業績と卓越した指導力を称えた。

 この後、李漢洙・六・一五日本地域委員会副議長が来賓祝辞を述べた。乾杯と歓談のあと、六・一五共同宣言実践欧州委員会など、海外各地の統一運動団体や人士からの祝賀メッセージの紹介に続き、都相太・三千里鐵道理事長ら参席者から祝辞があった。

 郭最高顧問は「このような場を設けてくれて大変ありがたい」と感謝の意を述べながら、「まだ統一は実現していない。運動の勝利のために、団結して最後まで闘っていく」と力強くあいさつした。

 家族からの謝辞のあと、全体で記念撮影を行った。

【祝賀文】孫議長の郭東儀最高顧問へのお祝いの言葉

 間違いなく偉人のひとり
 望みは統一の日をともに

 韓統連の孫亨根議長が八日、都内で開かれた「郭東儀先生の傘寿をお祝いする会」で述べたお祝いの言葉を紹介する。

 まず最初に郭東儀先生に八十歳の誕生日のお祝いの言葉を謹んで送ります。何よりも先生が健康でかつ、このように多くの同志たちが集まり、祝いの場を持てたことに限りない喜びを感じます。

 高い理想をもち、ひたすらその実現を目指して行動する人を偉人と呼ぶのであれば、間違いなく偉人の一人が郭先生です。五十年前、郭先生は青雲の志をもって青年運動の革新をなし遂げ、韓青を出帆させました。韓青が半世紀にわたって同胞の先頭で自主・民主・統一運動を展開し、現在も民族の運命を開拓する頼もしい青年隊列であるのは、郭先生の韓青に対する深い愛情と指導があってこそです。


 金大中先生が拉致されるという苦境にも屈せず、郭先生は金載華先生、「東湖先生のもとで自主・民主・統一運動の拠点である韓民統の結成に大きく貢献されました。先生が韓民統の組織局長、事務総長として陣頭で指揮した七〇年代、八〇年代の反独裁闘争は歴代の独裁者をついに退陣へと追い込みました。

 八九年、自主・民主・統一をなし遂げるという不退転の覚悟をもって郭先生は韓民統を改編した韓統連の議長に就任しました。先生に率いられた韓統連は南北、海外の同胞が一堂に会した汎民族大会の成功のために全力を尽くし、統一運動の新たな地平をきり開きました。汎民族大会と汎民連運動を通じて韓統連は南北の同胞から絶大な信頼を得ることになりました。また反独裁運動と統一運動を展開するなかで、先生は米国、欧州はじめ海外同胞からも信頼と尊敬を集め、海外運動で確固たる地位を築かれました。

 九二年、郭先生は「祖国統一論」で体系的な統一理論を提起し、内外に大きな反響を呼び起こしました。韓国では「祖国統一論」は青年学生が統一運動に入門する際に必読すべき基礎文献と位置づけられています。

 二〇〇四年に韓統連は金政夫議長を団長とする故国訪問団を組織し、常任顧問に就任した郭先生とともに訪韓しました。訪問団は韓国各地で大歓迎を受け、長年にわたる韓統連の愛国運動が高く評価されました。先生はソウルで三十年ぶりに再会した金大中前大統領から韓統連が正義の闘争に勝利したという感謝と称賛の言葉を受けました。

 国内外の統一運動は二〇〇〇年の六・一五南北共同宣言として結実しました。郭先生はこの宣言を実現すべく、二〇〇五年に結成された民間統一運動の総本山である六・一五民族共同委員会の海外側委員長に就任しました。昨年、韓統連の最高顧問となった先生は統一を実現するうえで最も重要なのは民族の自主性を確立することだと、いつも強調しています。六・一五民族共同委員会でも自主性の確立という統一の核心問題が運動の中心テーマとならなければならないということです。

 わたしは韓統連活動家の第一の責務は、郭先生が生涯をかけて貫徹しようとする、その理想を深く認識し、先生の偉業が達成するよう、先生とともに全力を尽くすことだと確信します。

 今後も、私たちには揺るがない信念と経倫を備えた郭先生の卓越した指導が必要です。

 私たちには強い望みが一つあります。祖国統一の達成、その日を郭先生とともに迎えることです。その日を迎えるまで、また統一した祖国でともに暮らせるよう、先生が九十歳、百歳を超えるまで健康で長寿することを願ってやみません。

 今日に至るまでの先生の私たちへのあふれるような愛情とご指導に心から感謝します。

二〇一〇年八月八日

 韓統連議長 孫亨根
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 NAME  韓統連中央本部    DATE  2010.08.24 - 21:40
【焦点】朝鮮学校無償化へ 50万人署名を超過達成/【論説】4大河川事業の問題点はなにか(10.08.15)

【焦点】朝鮮学校無償化へ 50万人署名を超過達成

市民団体など 「文科省は適用を」

 今年度から始まった「高校無償化」制度をめぐり、文部科学省(文科省)は、全国の朝鮮学校の除外措置を解除する方向で最終調整に入った。文科省は教育の専門家による会議を設置して制度適用の可否を議論してきたが、「日本の高校に類する教育をしており、区別することなく助成すべきだ」との判断を固めたという。(朝日新聞八月四日)

 朝鮮学校への無償化適用は、中井洽・拉致問題担当相の反対論などでいったん見送られ、その後、文科省は朝鮮学校の教育内容を検証して改めて判断するために、専門家による会議を設置し非公開で議論を進めてきた。

 こうした報道を受けて、八月四日に開かれた参院予算委員会では、自民党の山本一太議員と川端達夫文科相との間でやりとりがあった。山本議員の「朝鮮学校を無償化対象にするとの報道がある」との問いかけに、川端文科相は「高校に類する教育機関をどう判断するか、専門家に議論いただいている。八月中をめどに結論を出したい」とこたえた。続けて山本議員が「専門家の議論を公表していない」としたのに対して、川端文科相は「議論を技術的、専門的にやる意味で公開していない。結論が出れば当然公開する。判断基準と判断方法を、審査結果を踏まえてわたしの名で告示する」と述べた。

結局、どのような結果になるかについては言及がなく、「八月中をめどに結論を出す」ことだけはあらためて明らかになった。山本議員が「朝鮮学校が無償化対象になる」との報道にあわせてすぐさま予算委員会でこうした質問をしたのは、朝鮮学校の無償化適用に反対意思を示して、文科省をけん制したものだろう。

 一方、五月から在日同胞と全国の労組、市民団体などではじめた、朝鮮学校への無償化適用を求める五十万人署名運動は目標を超過達成し、現在この署名をもって文科省など日本政府への要請活動が活発に展開されている。七月二十七日には全国朝鮮高級学校学生連絡会の代表が約十二万人分の署名を手に文科省を訪れ、無償化適用を強く求めた。

 民主党政権は無償化適用反対の声をはねのけて、適用を求めるこうした世論にしっかりとこたえるべきだ。また、無償化適用の実現は朝日関係の改善にもつながっていくだろう。在日同胞だけでなく、わが民族が注視するなか、民主党政権の真価が問われる時期が近づいている。

【論説】4大河川事業の問題点はなにか

 国益より環境破壊に影響
    地方選挙の民意従うべき

 李明博政権の「四大河川再生」事業(四大河川事業)が強行されている京畿道驪州の漢江イポダムの工事現場の橋げたの上で、環境団体の活動家らが三十度を超える酷暑が続くなか、四大河川事業の中断を要求して七月二十二日から始まったろう城が八月八日現在、十九日目に突入した。慶尚南道昌寧郡の洛東江の咸安ダム工事現場のクレーンの上でも、四大河川事業の社会的検証機構の構成と環境への影響調査の再実施、住民被害の精密調査実施などを要求し、ろう城が同時進行している。

 一方、五月末には曹渓宗の僧侶が、李明博政権の四大河川事業中止と財閥と金持ちではなく庶民と疎外された人のために最善を尽くせという遺書を残して焼身し、生命を絶った。カトリック、プロテスタント、仏教、円仏教などの宗教界をはじめ大部分の国民が反対しているなかで工事は強行されている。六月十日、韓国日報の世論調査では「四大河川事業をそのまま推進するのが望ましい」が一六・四%、七九・四%が中断または縮小を要求した。


 「四大河川再生」は「四大河川死滅」

 「四大河川再生」は、李明博政権の「朝鮮半島大運河事業」構想から始まった。漢江、洛東江、錦江、栄山江を連結する三千百三十四キロメートルの運河を造り、物流費を三分の一に減らし、物流団地と公団を開発して国土の均衡発展を実現し、三十万の雇用を創出、国民所得を四万ドル引き上げるという内容だ。しかし、国民の強い反対に直面し、二〇〇八年十二月に「四大河川整備」事業推進を発表、その後、「四大河川再生」に名前を変え、工事を強行中だ。

 専門家からは、「四大河川再生」は朝鮮半島の大運河事業の一部であり、急いで工事を強行して「四大河川死滅」を既成事実化し、機会を見て朝鮮半島大運河再開を宣言するだろうとの見解だ。「四大河川再生」は国益よりも環境破壊など否定的な影響がより大きく、基本的に国家の政策方向が間違っているということだ。

 四大河川事業の核心は、浚渫(しゅんせつ)、ダム建設、水路変更だ。しかし、この事業の大きな問題点として指摘されているのが、河川の汚染、生態系破壊などの環境破壊と農地に及ぼす影響だ。四大河川のあちこちに十六ほどのダムを造って水位を上げるのだが、河川本流の水位が上がれば、地下水位も上がり、必然的に洪水が氾濫(はんらん)する地域が生じる憂慮があるというのだ。実際に、洛東江のハプチョンダム建設による水位上昇で、低地帯のトクコク面の四つの村の農耕地が浸水の危険にある。

 ハンナラ党が多数を占めるハプチャン郡議会でさえ八月三日、「農業で暮らしてきた住民およそ四百人の生存権を脅かす工事を即刻中断しろ」と再検討を要求する決議文を満場一致で採択した。

 また、雇用十九万人の創出を主張しているが、四年の工事期間が終わればなくなる臨時単純労務職に過ぎず、結局利益を得るのは特定の企業に限られることになる。環境団体の主張をまとめると、二十二兆ウォンの財源を、環境を破壊する不必要な四大河川再生事業に浪費せず、洪水発生地域の河川再整備と国民福祉などに使えということだ。

 しかも、昨年政府が水質改善と洪水防止などに使うべき予算七十九億ウォンを四大河川事業広報費に費やした事実が明らかになり、批判を受けている。

 李大統領「団体で集まって四大河川反対を行なうな」

 李明博大統領と十六市道知事との懇談会(七月二十三日)で、野党出身の金斗官・慶南知事が「反対している野党、市民団体・環境団体と協議し、早期に整理してほしい」と発言、安煕正・忠南知事は四大河川事業の再検討を要求した。李大統領は「団体で集まって他地域の四大河川問題に介入してくるのは間違っている」と述べ、四大河川事業は変更できないという断固たる立場を見せた。その後、国土海洋部は慶南道庁と忠南道庁に公文書を送り(七月二十九、三十日)、四大河川事業を継続するか予算を返納するか返答を迫り始めた。百七十か所の四大河川事業の工事区間中、各地方の国土管理庁が地方自治体と代行契約を結んで工事を委任したところは五十四か所(三一・八%)にのぼる。反対すれば事業権を政府に移し直接工事を押し切るということだ。

 政府の「最後通告」に安知事は「政府の態度は無礼な振る舞い」と批判、四大河川再検討特別委を経て公式の立場を明らかにするとしている。金知事は「私たちの要求を受け入れるなら、考える余地がある」という立場だ。四大河川推進本部によれば、七月末現在の平均工程率は二二・四%であり、核心工程のダム建設は四三・八%、浚渫は二五・七%だ。

一方、民主党四大河川事業阻止特別委は八月四日、河川別の特性反映、支流管理などの四大河川事業(錦江)代案を発表し、事業の進行と時期、予算調整と国会検証特別委を要求した。ハンナラ党は国会検証特別委を拒否、民主党の「代案」提示と野党党首の「再検討」要求を反対から賛成に転向したと宣伝している。しかし民主党は「我田引水」的解釈だと対抗している。

 また、キリスト教牧師千三百七十一人が「四大河川事業中断時局宣言」(七月二十五日)、曹渓宗所属僧侶約五千人が「生命平和宣言」(七月八日)、天主教司祭修道者五千五人が「四大河川事業中断時局宣言」(五月)を発表した。野党四党は四大河川事業中断のために国民検証機構を組織して、地方自治体、社会市民団体と常設運営することにしている(七月二十一日)。六・二地方選挙で国民は四大河川事業を押し切るハンナラ党に審判を下した。李政権は最後まで国民の意思を拒否するのだろうか。

(河民宇記者)
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 NAME  韓統連中央本部    DATE  2010.08.24 - 21:31
【インタビュー】韓青結成50周年を語るJ 梁炳龍 韓統連東京本部代表(10.08.15)
1187-1.jpg──韓青に入ったきっかけは……。

 「六九年七月、八月に入管法反対闘争があって、直前の六月に、当時の仲間と力を合わせて韓青葛飾支部を青年会から移行して結成した。以前、韓青を作らせないということから青年会という形で各支部に作ったのを韓青に移行したんだよ。当時、わたしはまだ民団の事務員をやりながら、夜、学校に通っていたが、ぜひ韓青東京本部を作ろうということで、その常勤にならないかという話があって、七〇年の韓青東京本部結成の時に総務部長として韓青の常勤をやった」

──韓青で印象深かった活動は……。

 「日本のマスコミを通じてだが、日々伝わってくる光州抗争は、やはり私たちにとって非常に衝撃というか、印象深いものだった。これは四・一九革命の再来と言っていい。光州の闘いが、四・一九革命をほうふつとさせるものだった。やはり、光州の青年学生の闘い、道庁で立てこもった青年らの闘いが、わたしを大きく揺り動かした。四・一九革命が掲げた四反理念を、光州の闘いはさらに進化させ、民族自主を鮮明にあらわしていった。非常に感銘深く闘いの教訓を深く学んだ運動であったと思う」

──文化的、民族的なことで印象深かったことは……。

 「文化的な行事では、在日の青年の心をつかむことができた。韓青の支部で舞踊などをやることによって女性メンバーが集中し、民族意識を高め、目覚めることができた。また、『チノギ』公演や『ソウルへの道』フェスティバル、あるいは全泰壱氏の労働劇などを韓青中央本部が先頭に立って全国で公演したが、在日同胞の心をつかみ、民族心にめざめて、自覚を促すのに大きく役立った。乾いた土壌に水をやるがごとく民族的なものがその人の心にしみるような、青年が生き生きとしていく姿をよく見た。それに非常に心打たれたことを覚えている」

──韓青活動を振り返って……。

 「韓青、韓民統、韓統連に入って運動を継続するなかで、運動が民団民主化闘争から祖国の反独裁民主化闘争へ、さらには現在の自主・民主・統一運動へと発展していく過程をわたしが目の当たりにして体験した。そういう運動の発展のなかで、わたしが小さい力ながらも運動をやってきたことを非常に誇りに思っている」

 「究極的な問題としては、「東湖先生がおっしゃっていたが、すべての同胞の不幸は祖国の分断から発生しているということを認識した。わたしのモットーは、祖国と民族の解放が在日の解放につながるということだ。民族の解放が自分や家族の解放、すべてに跳ね返るということであり、自分自身の解放のためにということだよ。だから運動のうえで、自分がやってきたことに悔いはないし、これからも解放、すなわち統一運動へまい進していきたいと思っている」

――何か、エピソードや印象に残っていることがあれば……。

「七〇年代の後半、わたしは韓青中央本部で『韓青新聞』を担当していた。発行のために、一週間前や二週間前は徹夜、徹夜の連続だった。青年の心をつかみ、読ませる新聞ということで、当時、七千部、八千部刷っていた。あの時はほんとうによく働いたというか、よくがんばった記憶がある」

──韓青結成五十周年にあたって今の考えは……。

「韓青はたぐいまれな組織だと思う。いわゆる民団の傘下団体認定取り消し以降、経済的・物理的な困難ななかで、現在まで脈々とその運動を継承し、なおかつ日本だけでなく、国内の青年運動にも影響力を発揮している。韓青現役の諸君たちの運動に対して敬意を表したい。とても頼もしく思う。韓青は自ら新しい生命を生み出していく力を持った組織だと言える」

──韓青結成五十周年祝賀行事に向けた抱負を……。

 「ざっと振り返ってみると、韓青の門をたたいた青年は、計り知れない数と思っている。そういった人たちを掘り起こし、再び連絡をとって、韓青が現在も先輩たちの伝統を引き継いで運動を展開しているということを知ってもらう。同時に、自ら運動に携わったことを思い返すことで、今一度、自分自身や在日同胞のあり様を積極的に解決していくためにともに努力したいと思っている。五十周年の祝賀会には、たくさんの人に来ていただくことが何よりもすばらしいことだと思う。それが今の現役の韓青諸君に対する大きな励みになるんじゃないか」
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影書房


2007年6月刊

http://www.kageshobo.co.jp/

  
黄英治(ファンヨンチ)
記憶の火葬
在日を生きる―いまは、かつての〈戦前〉の地で

かつての宗主国・日本の地で、旧植民地人である朝鮮人が生きるとはどういうことか――在日一世の父の死に臨み、その苦難の半生に思いを重ねつつ自己の存在をみつめた「労働者文学賞」受賞の表題小説のほか、日本社会に根を張り続ける民族差別の実態をリアルな生活実感から問うエッセイ、書評等を収録する。

四六判上製 286頁
定価 2800円+税
ISBN978-4-87714-370-1
                        

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